佐倉爆心追う、の気ままな気持ち

介護保険制度の改悪

どうやら、今年の4月から介護保険の適用判定について、大幅に変るようです。
これは先日、自宅に来ているケアマネージャの方から聞いて初めて知りました。

その内容の骨格としては、「介護認定の方式を認知症(つまり痴呆)に限り等級を重くし、どんなに四肢が不自由で寝たきりでも認知症の状態が見られない限り、等級を低く設定する。」というものです。現在、設けられている等級は要支援、要介護1~要介護5の6段階ですが、これに要支援2という等級が加わり、従来の要介護1~要介護3の人は、ほとんどの場合要支援2となり、介護給付が半減~2/3減となり、自宅療養は事実上不可能となります。

私の家に来るケアマネージャさんの担当で、完全寝たきりで下の世話もしてもらわないと自分では何も出来ないおばあさんがいるそうなのですが、その方は従来は要介護5という最高レベルの保護を受けており、その恩恵で通院したり、通所による入浴をしたり、ヘルパーによる介護を受けていたそうです。しかし、そのおばあさんは、寝たきりとはいえ意識はしっかりしており、年相応の衰えはあるものの、認知症と言うほどのレベルではなかったようなのです。そのため、毎年ある更新の時も四肢は動かずとも、受け答えはしっかりと自分で行ったそうです。その結果、認知症の症状が認められないという理由により、要介護1の認定になってしまいました。等級が低くなると、受けられるサービス料が減る事となり、高い費用の掛かる通院(寝たきりの場合、介護タクシーなどが必要な為、1回の通院で万単位のお金が掛かる)や下の世話があるヘルパー(ヘルパーもランクがあり、下の世話などは最高ランクの費用がかかる)は受けられなくなりました。4月からどうやって生活しようか途方に暮れているそうです。

障害者の自立支援法といい、今回の介護保険の改悪といい、国の方針は『身体に障害を負った人間は早く死ね』ってことなんですかねぇ?バブル崩壊以降の平成不況により、介護する側も経済的ゆとりのある人は少ないのが現状です。孤立無援となった弱者は、自分ではどうにもならない状況の中で、国の圧力で殺されます。なんて酷い国なんでしょうね・・・

ウチの両親も先は長くないようです。
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# by naka50ne | 2006-03-30 10:09 | 日常

忘れない想い

夜空に輝く星のように

無数の出会いがあり別れがある

雨に濡れた深夜の0時

突然消えた君の面影

今でもはっきり覚えてる

どれだけ月日が経とうとも

忘れる事は無いだろう

いつまでも待っていると決めた夜

鳴らない携帯見つめ

今日も夜が更けていく


この世に生きるとは

出会いと別れの繰り返し

偶然出会った相手でも

心に残ることがある

偶然と必然は裏表

どれだけ月日が経とうとも

忘れる事は無いだろう

いつまでも待っていると決めた夜

鳴らない携帯見つめ

今日も夜が更けていく
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# by naka50ne | 2006-03-18 17:24

大連出張から帰りました

行きの飛行機は、活発な前線の上を通過したため、これでもかってくらい揺れました。高所恐怖症の俺としては、マジ怖かったです(笑)
でもまぁ、なんとか大連国際空港まで行ったわけですが、降りてみてビックリ!大連国際空港って軍事施設が併設されているんです。着陸する機内の窓から見えるのは戦闘機だらけ。まぁ幌を被っては居ますが、軍人さん達が行進している様子は、まさにテレビで見るそのまんま!ビックリしましたね。もちろんその為に、空港施設内は一切の撮影禁止で可愛いスチュワーデスを見かけても、写真が取れなかったです(←目的が間違ってる)。

日本も月曜日は凄く寒かったみたいだけど、大連は日曜日が寒さのピークでした。空港ロビーに出てみると寒いのなんのって、迎えに来てくれた、現地の総経理(日本で言う社長)も、久々に寒くなったといって震えていました(笑)

ホテルに案内されて、またビックリ!私の宿泊したホテルは『大連富麗華大酒店』(中国では酒店と飯店はホテルの意味。日本読みするとフラマホテルとなる)というところなのですが、客室が普通のホテルでいうスイート並の広さがあり、設備も豪華そのもの!一瞬、ボーイが部屋を間違えたのでは?なんて思ってしまったくらいです。
その豪華な部屋で、翌日の資料作りに入ったのですが、余計な割り込みがゼロなので、仕事がはかどるはかどる!普段なら半日以上かかる資料が、ものの3時間も経たずにレビュー可能状態まで出来てしまいました(←自分でビックリw)。その後、一緒に行った社長にレビューしてもらい、最終形に整えた後、現地の総経理の誘いで、夕食を食べに出かけました。
大連滞在中の食事は、全て現地の総経理が接待という形で奢ってくれたので、恐らく人生初と思われる富貴な食にありつけました♪

現地企業でのプロジェクト説明は、朝の9:30~19:30まで続き、その間私は喋りっ放し・・・さすがにノドが涸れました。しかし、現地リーダーの本気になった眼差しは、非常に好感を持ちました。前回のプロジェクトで失敗している分、今回のプロジェクトにかける意気込みは、オンサイト(日本側)と同様のようです。このような交流がもてた事は、双方にとって有意義であったと思います。

さて、大連出張そのものは、非常に有意義に出来たと思いますが・・・留守中の日本では、メールを確認する限り大きな問題が山積したようです(^^;
今、自宅でメールを見ながら一つ一つ返信している所ですが・・・明日がこなければいいのにって思いたいくらい、酷い内容が多いです。正直な話、明日は帰れるのだろうか・・・
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# by naka50ne | 2006-03-14 23:18 | ビジネス

いってきます♪

次のプロジェクト遂行のため、明日から火曜日までの予定で、中国の大連へ出張に行ってきます。
初めての中国出張という事もあり、少しだけドキドキしています。現地のマネージャーと、今後の進め方や進捗管理について話し合いを行ってきます。また、前回のプロジェクトで問題となった品質について、今回は抜本的改革を行うために、様々な資料を用意しました。
前回のプロジェクトの反省点として
  ・規約の類が全く無く、統一されてない。
  ・レビューに関する資料が何も無く、レベルが不均一。
  ・速度に関する規約が無く、チューニングされていない。
などが挙げられ、品質レベルの確保が個人レベルになってしまっている点が、大きな問題点となっていた。
今回のプロジェクトでは、その個人レベルに頼ってしまう点を改善するべく、プロセスによる横断的な品質レベル底上げを行いたいと考えています。そのため現地の会社には、個人のレベルではなく、品質管理部のレベルとして問う事を基本姿勢として臨み、規約類への徹底した配慮と、レビューチェックリストによる最低品質の確保を、受入の要件としています。また、オンサイト(日本側)での受入チェックで、レビュー漏れによる障害が発見された場合は、品質管理責任者に対するペナルティを用意し、しっかりとした管理を義務付けます。

中国には、個人主義を大切にする文化があります。その文化を壊す事は出来ないと考えますが、守るべき事を守った上で、どのように作っても文句を言わないようにするには、やはり品質管理部の働きが大きなカギとなってきます。オンサイトからは、この品質管理部をきっちり管理する事で、品質を向上させる事が可能だと考えています。

これらの事を踏まえて、出張中は目一杯暴れてこようと思います。品質に関する断固たる構えを示す事で、高品質を勝ち取ってきます。

では、行ってきます♪
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# by naka50ne | 2006-03-11 21:43 | ビジネス

心のトゲ

人が人としてこの世に生まれた瞬間は無垢で純真だ。

しかし、一度産み出されたこの世の中は、
決して順風満帆とはいかない。

我慢することを教え込まれ
競争することを強要され
過度な期待や、無責任な放任主義に悩み

いつしか人は、忍耐というプロテクターを身にまとう。

人を愛するようになると、
出会いに喜び、
別れに涙を流し、
裏切りに絶望する。

そして、人は心に疑いというトゲを持つ。

大人になった時、心に纏ったプロテクターとトゲは、
相手を傷つける武器になっていることに気づく。

自分が一番したくなかったはずなのに、
自分が一番傷ついていたはずなのに、
その自分が相手を傷つけている。

耐えられない心の痛み。
それは傷つけてしまった相手の痛み。

激しく落ち込む自己嫌悪の日々。

もう、誰とも関わりたくない。
一人でいれば、誰も傷つけない。
自分が我慢すれば済むこと。

でもさ、それは違うよ。
心のトゲは、悪意を持たない限り凶器にはならない。
傷つけてしまったと思っているのは、自分だけだよ。
誰も傷ついてなんかいないんだよ。
みんな心にはプロテクターを持っている。

もう、悩む必要は無いよ。
自分を責める必要は無いよ。
君は誰も傷つけていない。

君の個性を大切にして欲しい。
この世に二人といない大切な君だから。
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# by naka50ne | 2006-02-26 13:54

君へ

自分で望まないことを我慢するのは、とても辛い。
他人の気持ちを考え、自分の気持ちを殺すことも辛い。

我慢には、必ずついて回る辛さ。

でもね、我慢するだけが人間じゃないよ。
自分を認めてもらう事も、時には大事だよ。

理不尽な我慢は、心を歪め、
度を越えた我慢は、精神を崩壊させる。

耐えたから偉いんじゃない、
耐えることで、何を得たのか?
耐えることで、何が得られるのか?
これが重要だ。

自分を虐めないで欲しい。
自分を責めないで欲しい。
自分にしか出来ない、自分の良さを発見して欲しい。

自分が自分であるために・・・
ファイト♪
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# by naka50ne | 2006-02-25 13:16

メールの功罪

メールは便利だ。遠く離れた人と時間を気にせずコミュニケーション取れる。また、顔も知らない人とだって話をすることが出来る。そこから始まる友情もあれば、時には愛情に変化する事だってある。また、仕事をする上では顧客とのコミュニケーション結果を示すツールになったり、部下や上司への報告/連絡/相談を容易にしてくれるツールになる。現代社会の個人主義社会を体言化したようなコミュニケーションツールであるメール。とても便利なこのツールが、私は好きだ。これまでも公私共にかなり多用しているし、今後も多用しつづけるであろう。

しかし、便利な反面で様々な問題を含んでいるのも確かだ。文字でのコミュニケーションは、言語の表現能力により大きく意味が変わってしまう。対面コミュニケーションと比べると、視線や態度、声のトーンなどが見えないため、どんな状況で書いているのか、どんな気持ちで書いているのかは、その文面からしか読み取れない。これは、画一の方向から事象を見ているのと同じで、非常に危険な意味を孕む。文字の表現力だけでなく、その表現を感じ取る感受性も重要になるため、双方の意識が合っていない状態では、お互いの疑心暗鬼を膨らませてしまう事にもあるのが事実だ。
相手が現在、どんな気持ちでその文字を綴っているのか、何を伝えたいと思っているのか、見えない行間に潜む言葉を想像していかなければならない。その為、元々コミュニケーション能力の低い人は、やはりこの部分が見えておらず数々のトラブルを抱えてしまうことになる。
騙す方も騙される方も、コミュニケーション能力が欠如していることが多く、普通に考えれば変なことも、メールというツールを介した途端に、なぜか考えずに受け入れてしまう事が多いのは、メールだからという括りで、メールを特別視しているからに他なりません。
中には、対面で話す事や電話で話す事は苦手だけど、メールでならば素の自分を出して上手くコミュニケーションを取れるという人がいる。こういった人は、単に話すことに対して慣れていないだけで、実際はコミュニケーションの上手く取れる人なんだと思う。話すことに慣れたとたんに、良く喋るようになったって話も良く聞く。

メールと聞くと、昨今の出会い系問題と絡めて毛嫌いする人がいるが、これは間違っていると思う。文字によるコミュニケーション文化は、本来のコミュニケーション力が大きなキーワードとなる事に主眼をおき、メールだからという括りを作るのではなく、コミュニケーションとはという事を考えることで、より良いメールのコミュニケーションが取れるのかなと思う。
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# by naka50ne | 2006-02-25 11:50 | 出会い

常識を破る

世の中には、『常識』と呼ばれる奇妙な決まり事がある。この『常識』と呼ばれるものはどんなものだろうか?

交差点にさしかかった時、進行方向の信号が赤であった場合に、信号が青に変わるのを待つのは『常識』。電車に乗っていて前に老人が来たら、席を譲るのも『常識』。朝起きたら「おはよう」と挨拶をするのも『常識』など、『常識』は我々の生活に深く浸透している基準の一つです。この『常識』のイメージは、大多数の人が『こうするべきである』と思う事という感じですよね。
民主主義の基本は多数決というのは良く知られていますが、『常識』とされている事は、はたして本当に多数派なのでしょうか?
日常、よく見かける光景として、満員電車で老人が乗ってきたとき、席を譲る事の出来る人は本当に多数派でしょうか?実際は違うような気がします。席を譲らない方が多数で、一部の勇気と思いやりのある人が席を譲るという行為をしています。でも、席を譲るのは『常識』なんですよね。
こうやって見ると『常識』とは、人間が本来持っている『良心』と大きなかかわりを持っているように思います。つまり、『常識』というモノサシは、良心が許すか許さないかという部分に行き着くように思います。
だからこそ人は、『非常識』な行為に対しては、自分の中の『良心』により嫌悪感を抱くのだと思います。

しかしこの『良心』というモノは、人によって大きく違ってきます。よくあるのが、自分では『良い』と思って行動した事が、実は相手から見ると『迷惑』であったなんていうパターンです。みなさんも、思い当たる節が多数あるのではないでしょうか?おそらく、逮捕されたホリエモンも、自身の中で金儲けは『良い』ことであったに違いませんが、それを押し通した事で回りに大きな『迷惑』をかけました。
つまり、一般的に『常識』と言われている基準は、かなり脆弱な基盤の上で成り立っていると言わざるをえません。
それを補う為に生れたのが『法律』だと思います。『法律』とは『常識』という脆弱な基準に対して、多数決の論理を盛り込み、明文化する事で基準の統一を図っています。『法律』に抵触しない範囲は『常識』として認めようという事に他なりません。

その一方で、『法律』として『常識』を明文化してしまった事により、本来は柔軟で時代と共に変わる価値観により、新しく生れた『常識』が『法律』の枠の中に収まらず、混乱の元になってしまっています。
例えば、携帯電話やPHSが無かった時代であれば、会議中に電話を取り次ぐというのは、よほどの緊急な用事で無い限りご法度とされましたが、携帯電話やPHSが普及した現在は、会議中であっても呼び出しがあり、簡単な事であればその場で要件がまとまる事も少なくありません。これを、旧態依然とした価値観で見るなら「会議中に非常識な・・・」となりますが、仕事を早く片付けるという視点から見れば「忙しい人だなぁ・・・」というだけで『非常識』ほどの嫌悪感は持ちません。

現代社会は、急速な発展によりこれまでの常識がどんどん覆り、新しい常識が創造されています。
街へ繰り出してみると、意外と『非常識』と思われる人が多い事に気付くと思います。でも、中には新しい常識を創造して、それが明日の世界を作っている事も事実です。『非常識』とされる行為の中で、新しい『常識』になるかどうかは、どんな価値観での『良心』なのかを見極めることで、可能だと思います。
自分の周りでもう古くなってしまった『常識』について、もう一度見直して、新しい『常識』に対応できるようにしておく事は、社会を賢く生きる上で、重要ではないかと思います。
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# by naka50ne | 2006-01-26 00:26 | 日常

年齢を重ねるのと老いるのとは違う

昔からよく『年老いる』などという言葉で、年齢を重ねるごとに老いていく様を表していますが、そもそも人が年齢を重ねていく事と、老いていく事はまったく別の事だと思います。

年齢を重ねていく事は、文字通り時と共に齢を重ねる事です。面白い事に10代までは齢を重ねる事を『大人になる』といって喜び、二十歳を過ぎて三十路が近づくにつれ『もう止まって欲しい』と齢を重ねる事を疎みます。
このように年齢を重ねるという事は、時が動いている限り誰にでも平等に訪れるものであり、一つの例外も許されていない。

これに対し、老いるとはどうだろうか?
老いるとは、年をとることに加え、心身が衰えていく事を指します。そしてこれは、万人に平等ではありません。
心身が衰えていくとはどういう事だろうか?
文字通り訳せば、心と身体が衰えるという事ですが、心も身体も衰えに年齢は関係しません。
心が衰えるとはどういう事か?
これは、人が元来持つ元気ややる気など、気持ちを前向きに保てなくなってくる事にあります。例えば武術などでは、実力が拮抗している際に、決め手となるのは気合です。相手よりもより強く気を保つ事で、一瞬のタイミングを逃さずに技が決まり、勝つ事が出来ます。また、諦めずに攻め続ける事で勝利の鍵を掴む事もあります。
このように、心は本人の努力次第で如何様にも保つ事が出来ますし、鍛錬をする事も出来ます。
これは、身体も同じ事が言えます。毎日スナック菓子を食べながら、ゴロゴロとTVゲームをやっている若者と、某CMで大車輪をバリバリこなすおじいちゃんを見ると、その差は良く判ります。
つまり、老いるというのは年齢には関係なく、自分の心がけ次第でいくらでも老いを遠ざける事が出来ます。

定年退職しても、活き活きと第二の生活を謳歌している老人もいれば、昼間からゴロゴロして働きもせず、全ての悪を回りのせいだとグダを撒く若者もいます。老いるとは後者の為にある言葉だと思いませんか?

社会で成功する人とは、夢を最期まで諦めなかった人と言われます。いつまでも希望を持ち続け、自分を鍛えながら夢を追い求める事で、いつまでも若くいられるのだと思います。
年齢を重ねても、いつまでも若さを保つ。そんな人になりたいものです。
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# by naka50ne | 2006-01-14 00:50 | 日常

あいまいな言葉の壁

企業に入社すると、真っ先に教えられる『ほうれんそう』いわゆる報告・連絡・相談の3つですが、これらの質を高める方法の一つとして、曖昧な言葉を排除するというのがあります。
曖昧な言葉とは「たくさん」「少し」「だいたい」「ほとんど」などの言葉です。みんな日常会話では良く使う言葉じゃないでしょうか?でも、この言葉が入ると、『ほうれんそう』の中では、トラブルの元になります。
例えば、作業者Aさんが上司のBさんに、作業の報告をする場合
 Bさん:「あとどの位で完成しそう?」
 Aさん:「もう少しで完成します。」
 Bさん:「じゃあ明日の朝、見せてもらえるかな?」
 Aさん:「いいですよ!」
そして、翌日になると
 Bさん:「じゃあ、完成したのを見せてくれ。」
 Aさん:「暫定版ですが、こんな感じです。」
 Bさん:「おいおい、完成したんじゃないのか?」
 Aさん:「最終確認はまだしていません。」
 Bさん:「なんだ、まだ完成していないじゃないか!」
 Aさん:「だから、昨日あと少しって報告しました。」
 Bさん:「???」

こんな経験は、誰でも一度くらいはあるんじゃないでしょうか?ここで問題なのは、『あと少し』という曖昧な言葉の定義が、AさんとBさんで異なるという事です。
すぐに出来る面白い、実験をしてみてください。
あなたの周りに居る人に、「仕事があと少しで終わるとは、何%くらいの完成度の時を指しますか?」と聞いてみます。周りに感化されないように、投票や目をつぶって挙手させるとイイです。
結果はどうでしたか?
「90%以上」「80%~90%」「70%~80%」「60%~70%」など様々な意見が出ませんか?
コレが、曖昧さの正体です。人によって感じ方の変る言葉は、得てして誤解を招きやすいのです。また、面白い事に、経験の浅い人ほど低い%で『あと少しで完成』と感じ、経験が豊富な人ほど高い%でないと『あと少し』とは思わないという結果になります。上司と部下では、経験が全然違いますから誤解が生じて当然なのです。

曖昧さを残さないためには、確実な定量による『ほうれんそう』が必要になります。上記のAさんとBさんの例だと、
 Bさん:「あとどの位で完成しそう?」
 Aさん:「動作確認は10項目のうち8項目終わっています。その他に最終確認が20項目あるので、明日の15:00には完成します。」
という報告になると、上司Bさんは
 Bさん:「じゃあ明日の朝、動作確認の終わったのもで良いから見せてくれ」
 Aさん:「了解しました。」
という形になります。

誰でも一度はハマるあいまいな言葉の壁。それを打破するのは、誰でも同じ尺度で計れる言葉で、『ほうれんそう』を行う事です。
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# by naka50ne | 2006-01-06 10:27 | ビジネス

自分で思った事を、自分の言葉で綴っていきたいと思います
by naka50ne
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