佐倉爆心追う、の気ままな気持ち

カテゴリ:日常( 87 )

似ている・・・

今から70年近く前、満州国建国に伴う国際連盟からの脱退や、泥沼と化した支那事変、日独伊三国同盟などで、国際社会から次第に孤立していき、最終的にはABCD包囲網により、地下資源に乏しい日本は戦力的に困窮し、先の大戦へ突き進んだ。
今の北朝鮮は、当時の日本と酷似している点が多すぎる。
軍部の独占政治、賄賂の横行、超格差社会、貧困にあえぐ農村、乏しい鉱物資源、圧倒的に強力な包囲網、国際社会からの孤立、反米勢力との接触(イラン・パキスタン等)、独善的な社会観・・・
このまま突き進んだ場合、北朝鮮の暴発という形で、一気に戦争へ突入しないとも限らない状態になっている。もし、北朝鮮が先制攻撃として狙う先はどこであろうか?これは、間違えなく日本にある米軍基地であると考える。しかし、命中精度の悪いミサイルでは、ピンポイントの爆撃は事実上無理であり、そうなった場合、日本本土は北朝鮮からの無差別爆撃の対象となりえるのである。

ここで、微妙になってくるのが、中国および韓国の動きである。今回の核実験においても、実験前の報告と言う形で北朝鮮より仁義は切られたものの、朝鮮半島の非核化という大儀は踏みにじられ、自らが議長を務める六カ国協議も水泡と化した。また、韓国においても同一民族と言うことで、これまで寛容にしていた太陽政策も根本から揺るがされる事となり、両国共に面子を潰された形となった。その為に、両国共に実験に反対する声明を早期に出したが、これが戦争となると話しは別である。
韓国は同一民族の同胞に対して、銃を向けることは朝鮮戦争の苦い経験を踏まえて、なかなか踏み切れないだろうし、中国も反米と言う点では歩調をあわせる可能性があり、中立ないし北朝鮮支援に回らないとも限らない。
これは、あくまで可能性であるが、中国が北朝鮮支援に回り、日米が対北朝鮮戦争に突入した場合、最悪のシナリオとしては第三次世界大戦が起きる可能性が否定できない。

話は変わるが、アメリカを動かしているのは、背後にあるユダヤ系財閥である。つまり、アメリカ=ユダヤ=イスラエルという構図が成り立つ。また、旧約聖書に出てくる、アッシリアへ連れ去られた北イスラエル帝国(失われた十部族)の末裔が、現代の研究では日本であるといわれており、日米同盟はユダヤ同盟であるとの見方も出来なくはない。また、ヨーロッパ社会を支えているのも、ユダヤ系の財閥が多く、旧資本主義経済圏の多くは、ユダヤ系であるといえる。
これに対し、中国、朝鮮、アラブ諸国などは、全く別の民族である。もし、第三次世界大戦となった場合、これはユダヤ社会vs反ユダヤ社会という構図となり、世に言うハルマゲドンを思わせる状態になってしまう。

このまま突き進み、戦争状態に突入した場合は、未曾有の大戦になってしまう可能性がある。核のカードという恐ろしいカードが切られた今、戦争と言う短絡的な手段に出るのではなく、もっと平和裏に話し合いによる解決を模索する必要がある。もっと言うなら孤立化を進める事は、短期的な視点では必要な事だと思うが、脅しの手段としての使用は、暴発を誘導するだけであり、日本の国益にならないことを理解しなければならない。
万一暴発を許した場合、主戦場はどこであろうか?
そう、それは日本である。祖国を救いたいと願うなら、対話での解決を目指さねばならない。懐から刃を覘かせるような外交は、外交と言えない。次官級や閣僚級の話し合いは、面子と面子のぶつかり合いになってしまい、合意は難しいだろう。国の長が対等な立場で、話し合いをする場を早急に設ける必要がある。非公式ルートでも何でも構わないから、国の長が自国の権利や利益ではなく、自国民を守るためにはという議題で話し合い、合意を取り付けて欲しいと思う。
[PR]
by naka50ne | 2006-10-10 14:57 | 日常

理想と現実を知る

自らの欲求に対して、理想というのは誰にでもあると思う。その理想が限りなく高い人もいれば、低く設定している人もいるであろう。こと、ビジネスの世界では、理想を高く据える事で自らを高めることが出来るのは、周知の事実である。「3年間思い続ければ理想の半分は叶う、5年思い続ければ理想のほとんどは叶う、10年思い続ければ理想に到達できる」という言葉を聞いた事がありますが、自分の努力の結果として成し得る理想については、最後まで思い続けることで、叶うものだと思います。

しかし、この理想というものを他人に押し付けた時、それは理想ではなくエゴになります。
親は子に対して、こうなって欲しいという願望という名の理想を描きます。でも、人生を決めるのは親ではなくその子なのです。親は、自ら抱いた理想に向かって、わが子を邁進させようとしますが、子の中で自我の目覚める思春期に入ると、子供が自ら考えた理想と親の理想に差異が生まれます。これが反抗期の正体です。ここで子供の理想を潰して、親の理想を押し付けたらどうなるでしょうか?そう、子供は自我を失って無気力なニートになってしまったり、逆にもっと反発して非行の道に逸れてしまうでしょう。他人に理想を押し付ける事は、このような悲劇をもたらします。
もっと近い例では、自分が恋人に望む理想というのがあると思います。男性なら女性に対して、身長やスタイル、美貌や性格など沢山の理想があることでしょう。逆に女性も男性に対して、身長や美貌、センスや性格、果てには学歴や収入など、様々な理想があると思います。果たして、そんな理想の相手が、本当にいると思いますか?答えはNOです。全てにおいて完璧に理想どおりな人はいません。では、なぜそんな男女が付合ったり結婚出来るのか?それは、自分の理想を追い求めるのではなく、相手を尊重して好きになるからに他なりません。言い換えれば、「理想はあくまで幻想であって、好きになったらその人が理想の人」っていう考え方が出来る人なのではないでしょうか?最近の晩婚化の傾向、不倫や浮気の増大に関して、男女共に自分の理想を追いすぎる事が影響していると思います。自らの理想を追い求めるあまりに、周りの人間を傷つけ、自らも傷つく。傷ついた原因が自分にあることを理解しないから、再びチャンスが来ても同じ過ちを繰り返す。そんな事はありませんか?

自らに対して理想を追い求めることは、成長の過程で絶対に必要な事です。しかし、相手に対して理想を追い求めることは、相手の人格を否定することになります。この理想と現実の使い分けは、自分の生活を豊かにするだけでなく、周りの人全ての幸せに繋がることを知って欲しいです。
[PR]
by naka50ne | 2006-05-22 13:24 | 日常

介護保険制度の改悪

どうやら、今年の4月から介護保険の適用判定について、大幅に変るようです。
これは先日、自宅に来ているケアマネージャの方から聞いて初めて知りました。

その内容の骨格としては、「介護認定の方式を認知症(つまり痴呆)に限り等級を重くし、どんなに四肢が不自由で寝たきりでも認知症の状態が見られない限り、等級を低く設定する。」というものです。現在、設けられている等級は要支援、要介護1~要介護5の6段階ですが、これに要支援2という等級が加わり、従来の要介護1~要介護3の人は、ほとんどの場合要支援2となり、介護給付が半減~2/3減となり、自宅療養は事実上不可能となります。

私の家に来るケアマネージャさんの担当で、完全寝たきりで下の世話もしてもらわないと自分では何も出来ないおばあさんがいるそうなのですが、その方は従来は要介護5という最高レベルの保護を受けており、その恩恵で通院したり、通所による入浴をしたり、ヘルパーによる介護を受けていたそうです。しかし、そのおばあさんは、寝たきりとはいえ意識はしっかりしており、年相応の衰えはあるものの、認知症と言うほどのレベルではなかったようなのです。そのため、毎年ある更新の時も四肢は動かずとも、受け答えはしっかりと自分で行ったそうです。その結果、認知症の症状が認められないという理由により、要介護1の認定になってしまいました。等級が低くなると、受けられるサービス料が減る事となり、高い費用の掛かる通院(寝たきりの場合、介護タクシーなどが必要な為、1回の通院で万単位のお金が掛かる)や下の世話があるヘルパー(ヘルパーもランクがあり、下の世話などは最高ランクの費用がかかる)は受けられなくなりました。4月からどうやって生活しようか途方に暮れているそうです。

障害者の自立支援法といい、今回の介護保険の改悪といい、国の方針は『身体に障害を負った人間は早く死ね』ってことなんですかねぇ?バブル崩壊以降の平成不況により、介護する側も経済的ゆとりのある人は少ないのが現状です。孤立無援となった弱者は、自分ではどうにもならない状況の中で、国の圧力で殺されます。なんて酷い国なんでしょうね・・・

ウチの両親も先は長くないようです。
[PR]
by naka50ne | 2006-03-30 10:09 | 日常

常識を破る

世の中には、『常識』と呼ばれる奇妙な決まり事がある。この『常識』と呼ばれるものはどんなものだろうか?

交差点にさしかかった時、進行方向の信号が赤であった場合に、信号が青に変わるのを待つのは『常識』。電車に乗っていて前に老人が来たら、席を譲るのも『常識』。朝起きたら「おはよう」と挨拶をするのも『常識』など、『常識』は我々の生活に深く浸透している基準の一つです。この『常識』のイメージは、大多数の人が『こうするべきである』と思う事という感じですよね。
民主主義の基本は多数決というのは良く知られていますが、『常識』とされている事は、はたして本当に多数派なのでしょうか?
日常、よく見かける光景として、満員電車で老人が乗ってきたとき、席を譲る事の出来る人は本当に多数派でしょうか?実際は違うような気がします。席を譲らない方が多数で、一部の勇気と思いやりのある人が席を譲るという行為をしています。でも、席を譲るのは『常識』なんですよね。
こうやって見ると『常識』とは、人間が本来持っている『良心』と大きなかかわりを持っているように思います。つまり、『常識』というモノサシは、良心が許すか許さないかという部分に行き着くように思います。
だからこそ人は、『非常識』な行為に対しては、自分の中の『良心』により嫌悪感を抱くのだと思います。

しかしこの『良心』というモノは、人によって大きく違ってきます。よくあるのが、自分では『良い』と思って行動した事が、実は相手から見ると『迷惑』であったなんていうパターンです。みなさんも、思い当たる節が多数あるのではないでしょうか?おそらく、逮捕されたホリエモンも、自身の中で金儲けは『良い』ことであったに違いませんが、それを押し通した事で回りに大きな『迷惑』をかけました。
つまり、一般的に『常識』と言われている基準は、かなり脆弱な基盤の上で成り立っていると言わざるをえません。
それを補う為に生れたのが『法律』だと思います。『法律』とは『常識』という脆弱な基準に対して、多数決の論理を盛り込み、明文化する事で基準の統一を図っています。『法律』に抵触しない範囲は『常識』として認めようという事に他なりません。

その一方で、『法律』として『常識』を明文化してしまった事により、本来は柔軟で時代と共に変わる価値観により、新しく生れた『常識』が『法律』の枠の中に収まらず、混乱の元になってしまっています。
例えば、携帯電話やPHSが無かった時代であれば、会議中に電話を取り次ぐというのは、よほどの緊急な用事で無い限りご法度とされましたが、携帯電話やPHSが普及した現在は、会議中であっても呼び出しがあり、簡単な事であればその場で要件がまとまる事も少なくありません。これを、旧態依然とした価値観で見るなら「会議中に非常識な・・・」となりますが、仕事を早く片付けるという視点から見れば「忙しい人だなぁ・・・」というだけで『非常識』ほどの嫌悪感は持ちません。

現代社会は、急速な発展によりこれまでの常識がどんどん覆り、新しい常識が創造されています。
街へ繰り出してみると、意外と『非常識』と思われる人が多い事に気付くと思います。でも、中には新しい常識を創造して、それが明日の世界を作っている事も事実です。『非常識』とされる行為の中で、新しい『常識』になるかどうかは、どんな価値観での『良心』なのかを見極めることで、可能だと思います。
自分の周りでもう古くなってしまった『常識』について、もう一度見直して、新しい『常識』に対応できるようにしておく事は、社会を賢く生きる上で、重要ではないかと思います。
[PR]
by naka50ne | 2006-01-26 00:26 | 日常

年齢を重ねるのと老いるのとは違う

昔からよく『年老いる』などという言葉で、年齢を重ねるごとに老いていく様を表していますが、そもそも人が年齢を重ねていく事と、老いていく事はまったく別の事だと思います。

年齢を重ねていく事は、文字通り時と共に齢を重ねる事です。面白い事に10代までは齢を重ねる事を『大人になる』といって喜び、二十歳を過ぎて三十路が近づくにつれ『もう止まって欲しい』と齢を重ねる事を疎みます。
このように年齢を重ねるという事は、時が動いている限り誰にでも平等に訪れるものであり、一つの例外も許されていない。

これに対し、老いるとはどうだろうか?
老いるとは、年をとることに加え、心身が衰えていく事を指します。そしてこれは、万人に平等ではありません。
心身が衰えていくとはどういう事だろうか?
文字通り訳せば、心と身体が衰えるという事ですが、心も身体も衰えに年齢は関係しません。
心が衰えるとはどういう事か?
これは、人が元来持つ元気ややる気など、気持ちを前向きに保てなくなってくる事にあります。例えば武術などでは、実力が拮抗している際に、決め手となるのは気合です。相手よりもより強く気を保つ事で、一瞬のタイミングを逃さずに技が決まり、勝つ事が出来ます。また、諦めずに攻め続ける事で勝利の鍵を掴む事もあります。
このように、心は本人の努力次第で如何様にも保つ事が出来ますし、鍛錬をする事も出来ます。
これは、身体も同じ事が言えます。毎日スナック菓子を食べながら、ゴロゴロとTVゲームをやっている若者と、某CMで大車輪をバリバリこなすおじいちゃんを見ると、その差は良く判ります。
つまり、老いるというのは年齢には関係なく、自分の心がけ次第でいくらでも老いを遠ざける事が出来ます。

定年退職しても、活き活きと第二の生活を謳歌している老人もいれば、昼間からゴロゴロして働きもせず、全ての悪を回りのせいだとグダを撒く若者もいます。老いるとは後者の為にある言葉だと思いませんか?

社会で成功する人とは、夢を最期まで諦めなかった人と言われます。いつまでも希望を持ち続け、自分を鍛えながら夢を追い求める事で、いつまでも若くいられるのだと思います。
年齢を重ねても、いつまでも若さを保つ。そんな人になりたいものです。
[PR]
by naka50ne | 2006-01-14 00:50 | 日常

昨年の目標総括&今年の目標

ご無沙汰しておりました。昨年末は全く更新が出来ず、申し訳ありませんでした。
遅ればせながら、昨年建て増した目標の総括と、本年の目標について書きたいと思います。

●2005年の目標
・名刺交換10人以上
・転職先で1ヶ月以内に仕事を覚える
・PMへの昇格
・情報処理資格取得
・読書20冊以上

●目標の達成度
・名刺交換10人以上:100%
  新天地に移動した事もあり、大幅更新の30人以上の人と名刺交換をさせていただきました。
・転職先で1ヶ月以内に仕事を覚える:100%
  GW前までには、現場に溶け込み、GW明けからは客先との直接交渉が開始できました。
・PMへの昇格:100%
  昨年末に昇進しました。期の途中で昇進と言うのは、異例の事らしいのですが、なんとか会社には認めてもらうことが出来ました。
・情報処理資格取得:0%
  全く達成できませんでした。多忙だったとはいえお恥ずかしい限りです。
・読書20冊以上:50%
  ざっと数えても10冊くらいしか読めませんでした。通勤時間を読書の時間と位置付けていましたが、GW以降は睡眠時間に充てる事が多くなってしまいました。これまたお恥ずかしい限りです。

●2005年の反省
昨年を振り返ってみると、転職一年目という事もあり、業務に全ての力を注いだように思います。その為、自己啓発的な部分が疎かになったり、また友人知人とのコミュニケーションが不足してしまった事は、自分の不徳の至るところとして反省しています。
なぜこのようになってしまったのかと考えると、なんと言ってもに計画性の欠如が挙げられます。私は、これまでの人生を振り返っても、目の前の壁を越える為には、なりふり構わずその壁に突撃するタイプでした。これと決めた事を我武者羅に頑張るものの、一歩引いたところから計画的に事を進めようとせず、ただひたすらに体当たりをしていました。その結果、壁を乗り越えたあとの報酬が、その壁を乗り越えようとした費用に足らず、また、前目標の半分しか達成できないという事になっていました。
以上の反省点をふまえ、今年の目標は以下の通りとします。

●2006年の目標
1.業務:自己啓発:家族を5:2:3の割合で計画的に遂行する。
2.メンバを現在の5人体勢から10人体制にアップさせる。
3.メンバの中から、リーダー候補生を3人以上育てる。
4.資格取得
5.読書20冊以上

●目標について
1.は、全体を通して、この割合になるように念頭に置きながら、計画を立てて遂行することを身に付けたいと思います。2.は、小さい会社という事もあり、人材不足が深刻な問題となっています。海外だけでなく国内の協力会社開拓や、中途採用および契約やアルバイト等の形での、人員増強を考えて遂行したいと思います。3.組織を大きくするには、リーダーになれる人材の育成が急務です。そのために自分の配下からリーダーになれる人材を、育成していきたいと思います。4.と5.については、昨年達成できなかったものの継続です。今年こそは達成して次のステージに進みたいと思います。
[PR]
by naka50ne | 2006-01-03 14:23 | 日常

今日を楽しく生きる

毎日を楽しく過ごしていますか?
どっちかというと辛い日の方が多い、辛い日ばかりだ、なんていう人はいませんか?
もし、毎日を楽しく過ごせないと言う人がいたら、試して欲しい事があります。
それは・・・
『朝起きたら、明日何をするか考える』
これだけです。
え?って感じもするでしょうが、これって凄く効果がありますよ。
明日やらねばならない事を考えると、人間って少しでも楽をしようと思いますから、少しでも今日のうちに出来ないかって考えるんですよね!また、明日したい事を考える事で、それが生きる活力となります。

逆に、今日やる事を考えると、これは憂鬱になります。なぜなら、今日やる事というのは、目の前に今日と言う期日が迫っているため、逃げられないし嫌でも強制されます。そんなの嫌ですよね。
もっと酷いのは、昨日やる事を考える事。昨日という日は、どんなに待っても訪れるものではありません。既に決まってしまった過去の事。どうやったってひっくり返らないし、タラレバを繰り返したって、現実として何も変りません。残るのは憂鬱な思いだけ・・・

必要なのは、昨日の事はキッパリ忘れる。今日の事は、すでに考え尽くしているんだから、考えずにこなしていく。気持ちは常に明日を考えて、気持ちの中では常に明日を生きる。これによって、意外と毎日が楽しくなっていくものなのです。
こうやって書くと「そんな直ぐには出来ない」、「昨日の事を忘れられない性格なんです」、「今日の事を考えないなんて馬鹿げてる」なんて声が聞こえると思います。

そんな直ぐには出来ない
→出来ないって事を、自分で自分に言い聞かせてしまっているため、自己催眠に陥っているだけです。出来ると考えるだけで視野が変ります。「成せば成る、成さねば成らぬ何事も」という言葉に代表されるように、出来ないと言っている間は、何をやっても上手くは行きません。

昨日の事を忘れられない性格なんです
→明日を考える事を、面倒だと思っているだけです。明日の事を本気で考えていたら、昨日のことを考える余裕なんてありません。昨日の事を考えてしまうのは、本気が足りないからです。もっと、本気で明日を考える事が大事です。

今日の事を考えないなんて馬鹿げてる
→ごもっともです。考えずに済むようにするには、前日に今日の事を真剣にそして本気で考えなくてはなりません。逆に言えば、今日考えなくてはいけないのは、前日の考えが甘いからです。もっと真剣に考えていったら考えずとも体が動きます。


今日を楽しく生きられるようになると、人間は思考がどんどんプラス思考になっていきます。これまでで、順風満帆だった時、恋人が出来たとか受験に合格したとか、嬉しかった時の事を思い出してください。これからは全てが上手くいくような気持ちになっていませんでしたか?あの感覚なのです。
厳しい現実社会の中で、楽しく毎日を過ごすには、楽しい明日を生きるしか手段がありません。毎日を楽しく生きる事で、楽しさを見つける事が出来るようになります。私が言ったのでは、半信半疑かもしれませんが、やってみると思いのほか効果がありますよ。

どんなに落ち込む事があっても、明日を考えていたら落ち込んでいる暇なんてありません。人間なので落ち込む事を否定しませんが、直ぐに回復したいなら明日を考える事です。
今日という二度とこない日を楽しく過ごすために。
[PR]
by naka50ne | 2005-11-26 17:07 | 日常

自分にできる事

いったい自分は、本当は何に長けているのだろうか?
最近そんなことを考えることがあります。「人並みにできる」や「人より少し出来る」って事は、結構あるけれど、「これなら人には負けない」って所がまだありません。単に自信が無いだけなのか、それよりも、もっと違う面があるのか、色々考えさせられます。
私自身は、コミュニケーション能力は、普通よりチョット上くらいだと思っています。基本的には人見知りする方なので、最初の一歩が鈍いのが欠点だと思っています。プログラミング能力は、人並み程度かなって思います。小さな器の中ではNo.1に何度がなった事がありますが、所詮は井の中の蛙で、広い世界ではまだまだ序の口です。
じゃあ、ビジネススキルはって言うと、人並みまで行ってないかもって感じです。これは、頭でっかちな部分が多分にあって、実践できているかと言うと、少なくとも自己評価では60点って所です。100点は無いにしても、80点くらいは取れないと、人並みじゃないかなぁって思います。
車の運転も、まぁそれなりに下手ではないって思いますが、決して上手くはないなぁって思います。その証拠に、前との車間感覚の取りづらいワゴン車(アルファードとかエスティマとか)は苦手です。フィーリング重視なので、セダン、スポーツクーペ、RVなんかの方が、好きなんです。商用ワゴン車のキャラバンなんかは、車間が取りやすいので好きなんですけど!

じゃあ、いったい何が出来るんだって改めて考えると、本当に思い浮かばないです。抜きに出て出来るものが無いってのが、本当の悩みです。以前、「ゼネラリストでもいいのでは?」って言われたこともありますが、何でも出来るは、何にも出来ないと同義なので、やはり良くないのかなぁって思います。まぁ高い位置で融合できるゼネラリストだったら問題ないのでしょうが、俺のレベルはまだまだです。
自分を卑下はしないけど、課題が済みで一つずつこなしている状態。最後の目標に向かって、どれだけ頑張れるか、自分を試して生きたいと思います。
もし、良かったら、客観的に見た私の長所と短所を教えていただけたら、幸いに思います。
[PR]
by naka50ne | 2005-08-08 22:55 | 日常

最悪な結果になりました

今日の朝礼で社長から話があり、現在のプロジェクトを開発半ばで撤退する事が決まりました。
昨日までは、今後の中国からの受け入れ態勢を、どのように強化するかとか、どうやって管理工数を削減しつつ生産性を高めるかという話をしていたのです。朝から現場は大混乱になりました。今週一杯での撤退ということは、残された引継ぎ期間は、僅か2日。みんな表面的には平静を保っていますが、落胆の色は隠せません。それは無理もありません。みんな一丸となって、なんとか良い物を造ろう、上手く中国との関係を築こうと、前向きな姿勢で頑張ってきました。それが、全て水泡と化してしまったのです。

撤退することに決まった背景は、元受会社よりオフショア開発に掛かる管理工数に対し、実績と余りにかけ離れた金額しか提示されず、労働対価としてまったく見合わない為でした。対価を貰える見込みが無い以上、これ以上首を突っ込み赤字を拡大させる事は、会社として出来ません。社長やマネージャは苦渋の選択だったと思います。

結果から言えば、今回のプロジェクトは大きな赤字を出しました。しかも、全体プロジェクト半ばでの撤退という事は、請負契約上は全て赤字ということになります。その数字たるや恐ろしく思います。完全な失敗です。
とはいえ、得たものもそれなりに大きかったのは確かです。中国を相手にしたオフショア開発は、会社として初の試みでしたが、今回経験したメンバは、それなりにオフショア開発のメリット&デメリットを感じていると思います。この悔しさをバネに、次の仕事に生かせたらと思います。

残るはあと1日、悔いが残らないようにしっかりと引継ぎを行い、発つ鳥後を濁さずの通り、綺麗に最後を締めたいと思います。
それにしても、残念な結果になってしまいました。
[PR]
by naka50ne | 2005-08-04 23:50 | 日常

前橋高崎の確執

前橋vs高崎!

群馬県は中心部に前橋市と高崎市という大きな市が2つある。正確には、渋川市や伊勢崎市も隣接しているが、やはり群馬の中心は、前橋と高崎である。
この2つの市は、それぞれに「県庁所在地の前橋」「交通の要所の高崎」という違った特色を持っており、その状態は以前の埼玉県の浦和市と大宮市の関係(どちらも、現在は合併しさいたま市となる)と、非常に良く似ている。
平成の大合併のさきがけとして、浦和市、大宮市、与野市が合併して「さいたま市」が誕生したが、どうやら、前橋市と高崎市は、合併する意向は全く無いようである。これは、前橋と高崎が全く異なる文化として発展してしまったためといえる。そう、今でこそ隣接していて交流の深い両市だが、その成り立ちは利根川という広大な川を挟み、全く別の地域だったのです。文化圏の違いは、方言にも現れており、高崎と前橋では方言が全く違います。
この辺は、各市の成り立ちが大きく違うからに他なりません。

前橋は、古くは厩橋と表され、古くは戦国時代に厩橋城として登場するように、北条氏、上杉氏、武田氏が覇権を賭けて争った地域でした。江戸時代以降は生糸産業を中心として発達し、前橋生糸と言えば、国内でも随一の品質を誇ると言われるほどでした。幕末以降は前橋生糸は輸出の花形となり、さらに発展を遂げました。群馬県の富岡市に最初の官営工場「富岡製糸」が出来たのも、この前橋生糸を製品にするためでした。また、現在の前橋工業高校は、この官営富岡製糸工場の技師官を養成する学校として誕生しており、前橋と生糸の繋がりの強さを表しています。生糸を中心として発達した前橋は、明治に入り廃藩置県によって県庁が置かれ、県庁所在地としての名誉を手にしましたが、これには大きな混乱がありました。内容は高崎の中で書きます。

一方、高崎は東に利根川、南に烏川、北に吾妻川という大河川がある上に、西には榛名山があり、天然の要塞として古くから戦略拠点として重要な場所とされてきました。徳川家康が上野に入った際に、まず高崎を直轄地としたのも、その為です。また、越後や信州から江戸へ向かう為には、必ず高崎を通る必要があり、そのために交通の要所として栄えた宿場町です。江戸時代に入ってからは、佐渡で採掘された金が柏崎の港から集められ、高崎藩の直轄である倉賀野から、江戸へ向けて船に載せました。当時の利根川で金を運べる商船が入ってこれる最終地点が倉賀野だったのです。幕末になると、新政府軍が高崎を押さえ、西郷隆盛が明治政府の陸軍を組織した時、その直轄地となったのです。現在も高崎市のすぐ北にある榛東村に陸上自衛隊の基地があるのは、その名残です。明治の廃藩置県では、県庁を置く有力候補地となりましたが、先の陸軍が高崎を直轄地としていたため、中央省庁の出先機関が軍を監視するのかというような、政治的論争に発展し、最終的には候補地として挙がっていたもう一方の幕府直轄地である前橋に、県庁を持っていかれてしまったという歴史があります。

このように、前橋と高崎では文化と歴史があまりにも違うにもかかわらず、隣接しているが為に常に比較の対象とされたことが、今日のような確執を生んでいます。とは言っても、確執を続けているのは、議員や市役所のお偉いさん方だけで、市民は文化や歴史が守られるなら、合併してもいいんじゃないの?ってのが大半です。戦後、利根川に数多くの橋が掛かるようになり、市民の交流が盛んになると、昔のように「前橋だから」とか「高崎だから」とか言う人は少なくなりました。

群馬は中心部に前橋、高崎、渋川、伊勢崎という市があります。これらが合併することは、さいたま市が成功しているように、大きなメリットがあるように思います。つまり、北関東の中核都市となれる土壌を持っています。過去の政治的駆け引きに奔走するのではなく、もっと建設的に未来を見つめた行政をやって欲しいなぁって思います。
[PR]
by naka50ne | 2005-07-30 14:17 | 日常

自分で思った事を、自分の言葉で綴っていきたいと思います
by naka50ne
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

最新のトラックバック

群馬温泉@旅の楽しみ方
from 群馬温泉@旅の楽しみ方
温泉旅行 草津温泉
from 温泉旅行に行きたい
なめ猫 免許証
from なつかしの・・・
今だからこそ
from 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和..
朝礼での新入社員へのメッ..
from ドラゴン桜に学べ!役立つ知識
「オペラ座の怪人 THE..
from AMOR ETERNO
出会い系サイトのサクラ回..
from 出会い系サイトのサクラ回避方
出会い系サイトのサクラ回..
from 出会い系サイトのサクラ回避方
なめ猫
from レトロな時間
二度目の「河井継之助」。
from <徳島早苗の間>

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧

イラスト:まるめな