佐倉爆心追う、の気ままな気持ち

カテゴリ:ビジネス( 75 )

ようやく1年

今の会社に転職して、ちょうど1年が経った。
一昨年に転職した会社は、昨年の震災以降の社内のグダグダに巻き込まれ、ほとんどドサクサ紛れに半年でクビになった。
正直なところ、この大不況の時代に無職になることは、お先真っ暗と言うか何も将来像が描けなくなり、自棄になりかけた。
暗澹たる気持ちでハローワークに通い、当座の生活資金は雇用保険で賄えたが、その金で遊ぶ気力は起きず、本当に辛かった。

そんな中で、今の会社に拾って貰った訳だが、まぁ就業条件なんかは、決して良いとは言えない。
むしろ、最底辺と言っても過言ではないと思う。
それでも、正社員として雇ってもらい、毎月給料が出るのはありがたい事である。
一度は、フリーランスでPGをしながら、生計を立てることも考えたが、既に30代も半ばを過ぎた人間が、今からフリーランスになった所で先は見えているし、そもそも都内と違って群馬で生計を立てるのは極めて難しい。

自分がこの歳で身につけた技術と言えば、システム開発の技術とプログラム開発の技術、そして初歩的なマネジメント技術となるであろう。
技術畑を歩んできただけに、自分の中で役に立つのはやはり技術である。ハローワークでは、SEの手法は営業にも生かせるから、営業職も考えたらどうだというアドバイスも受けたが、人懐っこい性格でもなく、どちらかと言えばぶっきら棒で人見知りな性格の俺にとっては、営業は向いていないと思う。
まぁ、日進月歩を続ける業界にあって、ブランクは技術的に相当な痛手になるのは確かである。
若い頃、交通事故で約1年近くのブランクが空いてしまった事があるが、その時はオペレーターのような仕事から復帰し、事故前に手がけたプロジェクトの修正案件等を、細々とこなして正常に業務復帰できるまでには、3ヶ月近く掛かった。この歳でブランクが空いたら、それこそ致命傷になりかねない。

俺は、今の職場にクビになってから半月という速さで就職できたので、なんとかブランクを空けずに繋ぐことができた。
今のプロジェクトを省みると、やはりブランクが空いていたら、ついて行けないだろうなという事ばかりである。
システム開発やプログラム開発ってのは、本当に毎日が勉強で試行錯誤の繰返し。泥臭い地道な勉強と作業を繰返して、ようやく完成するが、完成したそばからその技術は陳腐化を始め、また新たな技術を身に付けなければならない。本当にヤクザな仕事だと思う。
もし、自分に子供が居て同じ道を歩もうとしたら、全力で反対すると思う。でも、俺はこの仕事が好きだし、誇りは持っている。矛盾してるって言われるかもしれないが、同じ業界の人ならこの矛盾した考え方は、判ってくれるんじゃないかと思う。
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by naka50ne | 2012-05-23 11:03 | ビジネス

幸福論

何となく暇なんで、俺なりの人生における幸福の定義ってのを考えてみた。

幸福ってのは、与えられるものではなく感じるものだ

これは、以前に杉田かおるが結婚した時、武田鉄也がはなむけに言った言葉だ。
この言葉は、すごく幸福というものを的確に表していると思う。
他人から与えられるお金・物・仕事・気持ち…どれをとっても、これがあれば幸福になるなんて言う便利なものはない。
全ては一人ひとりの内面にあり、心で幸せと感じた瞬が幸福なんだと思う。
結婚が幸せというのも、幸せのゴールインと考えるか幸せへのスタートと考えるかで、全く違う意味合いになる。

では、人が幸せと感じる瞬間ってのは、どんな場合に発生するのだろうか?
幸福を感じるのが、己の内側にある感情であるなら、人生を幸福に過ごすためには、この感情の部分を考える必要があるのだと思う。

俺の考える幸福だと思う瞬間ってのは、自分に正直に生きることが出来た時、感じるものなのではないかと思う。
たとえそれが過ちでも、たとえそれが正論でも、自らの気持ちに嘘をつかずに突き進み、その結果を得た時。その結果が良くても悪くても、人ってのは幸福を感じるんじゃないかなって思うんです。
人の顔色を窺って、自分の考えではなく大衆迎合を繰り返していくと、自分の気持ちには常に嘘と言い訳を繰り返すようになる。そうなるとストレスが溜まるし、その結果が良くてもわだかまりが残るし、失敗したら取り返しのつかないくらいの絶望感を味わう。
みんなの考えに心から賛同できるなら、その尻馬に乗るのも悪くはないだろうが、違うと思うのならばわざわざ迎合する必要は無いと思うし、自分の正しいと思う方向に進んで、失敗した時の選択肢のひとつくらいに考えれば心が楽になる。

まぁ会社生活なんかしてると、時には大衆迎合しなきゃならない時ってのはあると思いますよ。でも、その時に自分が納得して迎合してるのか、納得せずに迎合してるのかってのは、その後の意味が全然違うと思うんですよね。
だからこそ、若い時ってその未熟ながらも自分に真っ正直になって、全体の決め事に対して異を唱えるってのは大事なんだと思う。
異を唱える人に対して、排除するのではなく何の根拠を持って異を唱えているのかを汲めば、異を唱えてる人が単に未熟であるのか、それとも隠れた落とし穴があるのかを見極めることが出来る。
なので、健全な集団の中では絶対に異を唱える人が必要なんだと思う。

自分も色々な会社を渡り歩いた事で、判ったことが一つある。それは、異を唱える人間を、強権を持って抑え込む組織は、その時点で成長が止まるということである。異を唱える人に対し、その意見に聞く耳を持つ組織は必ず成長しているが、異を唱える人の抑圧が始まったとたん、その組織は膠着状態となり、何らかの崩壊を迎えてしまう。
社会は常に変化していることを考えれば、全員が同じ方向を向くことなんかあり得ない。必ず誰かが別の方向を向き、異を唱えている状態がむしろ正常なのである。
人は権力をもつと、自分の意に沿わない人間を排除しようとする傾向があるが、自分は聖人君子では無いという事を念頭に置けば、必要悪として受け入れることが出来るはず。

幸福を考えるならば、自分の心に素直になる事と、自分とは異なる意見を受け入れる勇気を持つ事。この2つの考えを基本とすれば、恥多き人生なれど振り返れば幸福な人生であったと言えるようになるのだと思う。
これが、俺の考える幸福論である。
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by naka50ne | 2012-02-12 00:39 | ビジネス

歯車であることを認識する

『俺は会社の歯車として生きるのは嫌だ!』こんなフレーズを聞いたこと、一度くらいはあるのではないだろうか?
これは、大企業の中では自分の置かれている立場が、大きな機械の中の歯車のように、なんの役に立っているのか判らない事に対して、それを否定してもっと自分の役割を認識できる生き方をしたいという事である。
これだけを読むと、なるほどと納得される方もいると思うが、この歯車という考え方は非常に良く人間の立場を表している。
人間とは、一人の持つ力はごく小さいものだが、人と人が力を合わせる事で何倍もの大きな力になることは周知の通りである。これは、人と人を歯車に例えると非常に判りやすい。歯車は、大小の歯車を組み合わせることで、大きな力を出したり逆に早い力を出したりする事が出来る。コレと同じように人も組み合わせによって、様々な動きが出来るようになる。

そういう意味では、会社組織を一つの製品としてみた時、そこに所属する社員は歯車の一つであると言える。
絶えず新しい歯車が追加され、老朽化した歯車と交換されていく。歯車の構成は、常に変えられていき、非効率と判断された部分は、バイパスする歯車が用意され、稼動を開始すると同時に、古い歯車は再利用可能なものを除き、廃棄される。
言い換えれば、毎年新入社員や中途採用社員が入る一方で、定年退職やリストラによって会社を去る人がいる。組織は常に動いており、非採算部門はどんどん切り捨てられていく。まさに歯車である。

この考え方は、大企業であれば社内に閉じた世界の話になるが、中小企業であれば業界や社会全体の動きが歯車となっており、その中に組み込まれているという事になる。

これらの歯車の組み合わせを考えるのが、管理職と言われる人達である。管理職の人間は、その階級に応じた人事権を有しており、誰をどこへどの様に配置するか、どの様に組み替えていくか、どの様にローテーションさせるかを常に考え、最適解を求めて右往左往するのが常である。
この管理職というレベルになると、歯車としての役割は、徐々に薄くなっていきます。管理職に求められるのは、如何に効率を上げるかということ。しかし、中間管理職と言われる課長/部長レベルの人は、時には自分を歯車に落とすことで、全体の効率化を図ろうとするが、既に老朽化した歯車ですから、過度な稼動は期待するべくも無く、あっという間に破錠する事が少なくありません(かく言う私も、昨年からコレで苦しんでます)。

歯車として生きるのが嫌なら、早く管理職になるのが一番ですが、管理職として求められる力は、一朝一夕に身につくものではありません。
地道な勉強と、下積みが無ければ、管理職としての一歩を踏み出すのは、非常に難しいのではないかと思います。そして、管理職は自分のさじ加減で仕事が出来る分、法的な保護が受けられません。具体的に言えば、昨今話題になっている残業代でしょう。歯車であるなら、回った分の対価を要求するのは当然ですが、その歯車を組み替える立場の人間は、組み替え方によって利益も生み出せるし損失も計上します。その対価になりますので、時間という概念はそもそも存在しません。結果だけが評価される厳しい世界です。
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by naka50ne | 2008-02-12 18:10 | ビジネス

朝令暮改のすすめ

朝令暮改:
 朝に政令を下して夕方それを改めかえること。
 命令や方針がたえず改められてあてにならないこと。
 朝改暮変。(広辞苑)

日常の生活で朝令暮改とは、信用を無くす行為として諌められる行為となります。しかし、ビジネスの世界では朝令暮改こそ、時代の波を掴むキーワードになる事を知らなければならない。朝礼で指示した内容が、夕方の会議では一転して別の指示になっている。そんな状況と思えば良い。普通だったら、『そんな事をしたら部下が混乱する』とか『現場に混乱を来たす』など、反発が大きくなるのが普通だろう。私もそうに思う。
しかし、それでも断行しなければ、ビジネスの世界では生き残れない。そこで躊躇して動かずにいたために、大きなビジネスチャンスを潰してしまったり、多大な負債を抱え込むようになったら、その会社なり組織は終わりである。終わってしまっては上司も部下も現場も関係ない。みんな揃って路頭に迷うだけである。例えば、貴方の会社がM&Aを画策している時、朝にはA社の株を買い捲れという指示をしたとしよう。昼前にA社の系列で不正が発覚し、大暴落を招きそうだという情報を手にした時、朝令暮改は悪だとして買い続けたらどうなるだろうか?経営権を取得するまでにA社は倒産し、それまでに取得した株式は全て無に帰す。大赤字を出した自社は、翌年の決算を乗り切れずに倒産なんてなったら、それこそ大変なのである。
IT業界で良く聞かれるドッグイヤーとかマウスイヤーという言葉を知っているだろうか?

ドッグイヤー:
 情報技術分野における革新のスピードを表す概念。通常7年で変化するような出来事が1年で変化すると考える。
 〔人間の7年が犬の1年に相当することから〕

マウスイヤー:
 ドッグ-イヤー(通常7年で変化するような出来事が1年で変化するような時間感覚)よりも,さらに速い時間感覚のこと。情報通信分野や社会全体における環境変化の速度についていわれる。ラットイヤー。

時代の流れは刻一刻と速さを増しており、数年前までは7年掛かっていた変化が1年になり、最近ではその1年の変化が数日~1日というペースで変化している。そんな変化の激しいビジネスの世界にあって、一つの決め事に縛られて判断が遅くなったり、判断を誤ったりすることは、せっかくのビジネスチャンスをみすみす潰している事と同意なのである。
常に社会の動向(とりわけお客様や取引先の動向)に気を配り、その時に最善の方向へ舵を切る。そうした努力を積み重ねることで、次第に時代の流れに乗り、より大きなビジネスチャンスを掴むと言うものである。
つまり、会社なり組織なりの長に立つ人間は、部下を導く方向について常に考え、状況が変わると睨んだら直ぐに舵を切りなおすという柔軟さが求められてくる。しかし、単に舵を切りまくるだけでは、部下はついてこれない。指揮命令系統をしっかりと整えて、上司と部下が常に同じベクトルに向かっていることが前提である。

ビジネスの世界では早い判断と早い指示こそが大切になる。もし間違っていたなら、間違えに気づいた瞬間に間違いを正せば良い。早い指示と早い判断を行うには、痛みを伴っても方向転換するという強い意志が必要である。そうやって若いうちから額に汗して得た経験は、判断の精度をより増してくれることは間違えない。
『朝令暮改』ビジネスの世界は常に動いている。それはどんな理由も待ってくれない。その中に身を置く以上、相当の覚悟で臨まなければあっという間に置いていかれる。
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by naka50ne | 2006-10-20 10:45 | ビジネス

成長を加速させるのは引く勇気

スキルアップを進める上で、自分の成長が遅いことにイライラする事が多くあると思う。自分もそんな経験が多くあります。
スキルアップをしようと思った時、どんな事をするのか?
そんな問い掛けをしていくと、ふと忘れている初心に気づくことが多い。スキルをアップしようと思うその動機付けは、人それぞれだと思いますが、動機付けられた人たちは一様に目標を持っているはずである。その目標に向かって進んでいくと、自分に足りないスキルが色々と見えてくるため、あれもこれもと手を出していくことになるのだが、ここで真面目な人ほど陥りやすい罠が潜んでいる。
それが、何でも自分で身に付けなければいけない病です。

この、『何でも自分で身に付けなければいけない病』は、掛かってしまうと大変です。例えば、財務のプロフェッショナルになろうと目標を立てたとします。まずは、財務の基本から学んでいくのですが、学んでいくに従って経理や経営の知識など、幅広い知識が必要になってきます。そこで、それぞれの基礎を勉強し始めるのですが、それらも学んでいくに従って様々な知識が必要なことに気づきます。こうやって、学ぶ裾野を広げていくことは、決して悪いことではありませんが、自分が成長しているという実感はあまり掴めません。なぜなら、本筋である財務についての成長が緩やかだからです。
それでもある程度の広い基礎を身につけると、そこから一気に成長を始めます。この成長は突然にやってきます。物事が手に取るように判るようになってきます。しかし、それも数ヶ月で頭打ちになります。なぜなら自分の持っている基礎力では、超えられない山にぶつかるからです。そうするとまた勉強を始めますが、ここからはなかなか成長しません。自分を成長させる基礎力の裾野が広がりすぎている為、やってもやっても追いつかないばかりか、時代に置いていかれてしまう事だって多々あります。
殆どの人が、この停滞期に成長を止めてしまうようです。自分では頑張っているつもりなのだが、思ったように成長しない。そればかりかだんだん時代から置いていかれているように感じる。そうなった時に、一つ考えてください。
目標を達成するには何が必要か?

世の中を見回すと、その道のプロフェッショナルは数多く存在します。中には自分が目標としている人や、ライバルと思っている人もいるでしょう。最初の基礎を身につけている人ならば、その基礎を身につけさせてくれた恩師だっているでしょう。
そんな人を味方に付けてみませんか?
『そんな事は出来ない!』って思った貴方。それを決めたのは誰ですか?貴方じゃないですか?相手が「教えてやらない」って言いましたか?それは違うでしょう。自分が成長しようと思っているのに、なぜ自分の殻を捨てられないのか?それがプライドというものです。
人間はプライドを失ったら終わりだ。はい、その通りだと思います。でも、プライドを守るべき部分と、崩すべき部分をわきまえるべきです。自分の目標に対してプライドを持つのは大いに結構。でも、それ以外でもプライドを持ってどうするのですか?判らないことは判らないし、教えを乞う必要があるときは教えを乞う事が、自分の本来持つべきプライドの支えになるのではないでしょうか?
もちろん、全てを教えてくれる人なんていないと思います。だからこそ、たくさんの人と交わり、たくさんの情報を収集して分析して自分のものにする。自分でコツコツ積み上げるより、何倍も早く成長します。

自分の成長が停滞していると感じた時、そんな時は一旦引いてみてください。自分の中で変なプライドを守っていませんか?そのプライドを突き崩す勇気があれば、人はまた成長していきます。
車の運転をした事がある人ならギアの動きがいい例です。一旦トップギアに入ったとしても、同じ速度で走っている車を追い抜くには一旦ギアを落として加速させることで、一気に抜き去ることが可能です。ビジネスも同じです。トップギアで走っているつもりでも、そのスピードはMAXではありません。必要に応じてギアを変える勇気こそ、成長を促す有効なサプリメントなのです。
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by naka50ne | 2006-10-19 13:59 | ビジネス

幸運は待っても来ない

運の良い奴というのが存在する。何をやってもそれなりに成功するし、何故そこで援助が出るのか、何故にそこで情報が取得できるのか、運が良いとしか言いようの無いという人を見て、自分はなんて運に恵まれないのだろうか・・・と、思った事が誰でも一度や二度あるのではないだろうか?

そもそも幸運とは、どんな状況を指すのだろうか?
例えば、
仕事で行き詰っている時に、解決の糸口を教えてくれる本に出会う。
恋人と不仲になって別れる寸前の時に、もう一度やりなおすチャンスが訪れる。
銀行から融資を断られて、途方に暮れた時に出資希望者が目の前に現れる。
自分には高嶺の花とあきらめていた人に、急に愛を告白される。
モノが売れずに経営不振となっていたが、過去の商品があるニュースをきっかけに大ヒットし、経営を立て直せた。
などなど、これらはとても幸運な事である。つまり幸運とは、厳しい状況を一気に打破してくれるような力が、偶発的に外部から巻き起こり、それを享受出来る状態を指す。

でもこの幸運は、本当に偶発的に起こったのだろうか?
それは違う。幸運は決して偶発的に起きるものではなく、必然として起きている。普段から本を読む習慣の無い人は、本に出会うことはないし、恋人を良く観察できていない人に再チャンスはないし、出会った人々に優しくして来なかった人を助ける人もいないし、良い製品を作ってない企業は評価されることも無い。
いわゆる、今をどのように生きたか、どのように行動したかで、次に訪れる幸運を、掴めるか否かが決まってくるのである。
「何もしていないのに○○出来た」という体験談がよく紹介されているが、これは意識レベルの違いであり必ずその幸運に繋がる何かをしているはずである。つまり、意識して何かをしているうちは幸運にめぐり合う事は無いが、その行動が習慣となり無意識で動くようになって初めて幸運にめぐり合うという事である。
逆に、本屋にも行かず遊び呆けて、他人を大切にせず、ごまかしばかりの粗悪品を作っている人には、どんなに望んでも幸運にめぐり合えない。めぐり合うのは借金苦であったり、奈落の底に落とされるような不幸ばかりである。

幸運にめぐり合うのは、良い習慣をどれだけ多く身につけているかという事であり、その良い習慣を身につけるのは他ならぬ自分の意思である。幸運を掴みたければ、自ら率先して自分改革を行い、良い習慣を身につけることが、最短ルートである。
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by naka50ne | 2006-09-15 12:04 | ビジネス

変える力と変わる力

他人を変えることは、非常に困難な事である。
人間にはそれぞれに生まれ持った性格と、それまでの人生において経験した経験値による個性があり、これは千差万別である。そして、この自分の個性に対しする考え方も、他動的に変化する事は殆ど無いと言って過言ではない。
これは、自分の育った環境を考えてみても判る。子供の頃に、親から「勉強しなさい」と言われて、『よし、勉強するぞ!』という気持ちになった人がいるだろうか?先生から「もっと成績を上げなさい」と言われて『成績を上げる努力』をした人がいるだろうか?おそらく皆無であるはずだ。誰しも、その時の上辺だけは従ったフリをしても、心から動いていない。なので、時間が経つとまた同じ事を言われる。
でも、人は自分の心からそれを欲した時、自分を変えようとする。思春期に入り好きな人が出来ると、これまで生活習慣がボロボロで、歯も磨かなかった人が、急に歯を磨く習慣が出来たり、伸ばし放題だった髪の毛を手入れしたりるするのは、その一例である。

人間は人間であるが故に、プライドや自己顕示欲といった『自分が自分である』事を守ろうとする動きをする。これは、自己を崩壊させない為に必要な行為であり、ここが弱くなってしまうと心の病(鬱病など)に犯されてしまう。自分の心は自分のモノであり、他人が土足で踏み込んでよい場所ではない。それを、他人が半ば強制的に踏み込んで、土足で蹂躙されてしまったら、自分はそこに居なくなってしまう。
子供であれば、親からの「勉強しなさい!」、「○○ちゃんに負けるな!」といった抑圧がそれに当たるし、学生であれば、親や先生からの「もっとレベルの高い学校を目指せ!」、「もっと成績を上げろ!」といった抑圧がそれに当たるし、社会人になっても「もっと売上を上げろ!」、「もっと経費を下げろ!」、「もっと部下を育てろ!」といった抑圧といった感じになる。

近年増えつづけている心の病は、こういった事が原因である事が多いように思う。家庭、学校、職場、地域社会など、原因は様々でしょうが、その根本にある共通の原因は、他人の力で強制的に変えようとする力が、長期的にかかってしまう事ではないでしょうか?長期的な抑圧により、『自分が自分である』事を守れなくなってしまった事により、自分がそこに居られなくなってしまい、発病してしまう。よく、カウンセリングでは患者の言葉を聞く事と、患者を肯定してあげる事が大切と言われるが、それはその人が本来持っている『自分が自分である』部分を取り戻させる為のリハビリだと思う。

いろいろ挙げた抑圧は、誰でも受けるものと言えばそれまでだが、そこで重要になるのは、こう言った抑圧を正当な行為である事を、他人が認識できるかという事である。人は自らが必要と認めた場合には、自分でも驚くくらいの柔軟性を発揮し、自分を変化させる力を持っている。どんなに抑圧されようとも、自分の中で必要と認めて自分を変化させられる限り、自分を変化させる事が可能なのである。
大きな声でガミガミと小言の様に言われたら、表面上は怖くて従ったフリをしているが、心まで従う事はしない。そこに心と行動の不一致が生じ、ある人は無気力になり、ある人はストレスが溜まって病気になる。
しっかりとした事前説明の後、相手の『なぜ』『どうして』という疑問がクリアになり、相手が納得をしたならば、その人は100%以上の結果を出すだろう。
つまり、他人を変えたいと欲するなら、まずは自分が変わり、相手の立場にたった話し方で、相手の気持ちを汲んであげる事が非常に大事なのである。
上に立つ人間は、常に相手の立場になって考え、その上で納得できない事は、ビジョンそのものに矛盾があり、破綻している事を自分自身が理解しなくてはならない。
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by naka50ne | 2006-08-20 11:51 | ビジネス

仕事と作業

『自分は仕事をしているのか?』そんな事を本気で考えたことはありますか?
仕事とは、英語で言う所のTask(Workではない)です。それに対して作業とは、Operationの事です。この仕事と作業には大きな違いがあります。作業とは決められた事を正確にこなす事であるのに対して、仕事とは無から有を作り出すことを考えて実践する事です。
ネットで見たのですが、昔の百姓は仕事と作業を明確に分けて考えていたようです。開墾や整地など、今すぐでは無く将来に役立つ事を仕事。日々の糧を得るための農耕を作業と言ったようです。その名残なんでしょうね、『農作業』って言葉が残っているのは!
農作業をしているだけの百姓では、いつか不作の時が来たり、農地が痩せてきた時に農業として行き詰ってしまう。それを回避する上でも、仕事は重要なものだったらしい。

我々の社会でも、この考え方は通じるものがあると思う。会社へ行き、上司の命令により与えられた課題を、日々のルーチンワークをこなしているのは、仕事ではなく『作業』。この『作業』に求められるのは正確性や早さですが、『作業』に長けているだけの人は、早晩頭打ちとなってしまい、年齢が上がるにつれて鈍くなってくる頭の回転と手先の動きにより、リストラという名の首切りに遭ってしまう。これに対して、5年後10年後の自分のあるべき姿を想像し、その目標に向かって日々行っている自己啓発こそ『仕事』である。『仕事』をしている人は、進むべき道が定まっているだけに、与えられた課題以上の結果を残すし、会社としてもそんな人材は決して手放そうとはしないだろう。この『仕事』に求められるのは地道な下積みと欠かさない努力です。現代人の嫌がる最も泥臭い部分ですね。

ホリエモンや村上ファンドも、最初は目標を持って『仕事』をしていたはずです。そうでなければ、あそこまでのし上がる事は無いですしね。でも、のし上がってからは、本来の『仕事』を忘れて糧を得るだけの『作業』になってしまった。だから崩壊するのだと思います。『仕事』をしない人は早晩淘汰される運命だと思います。『仕事』と『作業』の違いに早く気づいて、「仕事をしているつもり」から「仕事をしている」に変化させることが肝要です。

『自分は仕事をしているか?』この問いを、もう一度問い直したいと思う。
あなたは仕事をしていますか?
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by naka50ne | 2006-06-20 10:37 | ビジネス

火種は尽きない

全てが順調に行っている時

それは危険への入り口に他ならない

危険な要素は無いか

燻っている火種は無いか

探して回るのも大事な仕事

順調なのになんで心配するの?

単に臆病なんじゃない?

若い人は疑問に思うだろう

でもね

危険が訪れたら手遅れなんだ

火災が発生してからが遅いんだ

だから、小さな火種のうちに消して回る

消しても消しても、次々と見つかる火種

最後まで根気良く消した人が

成功の喜びを知ることを許される

全てが順調なんて事はありえない

俺たちは人間なんだから
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by naka50ne | 2006-05-23 14:23 | ビジネス

プロとアマの違いは時間

今年も会社に新入社員が入って1週間が経ちました。新人君達は研修に雑用に忙しい毎日だと思います。私の所属する会社にも、今年から2名の新人が入ってきました。今年は教育担当という事もあり、新人と接する機会が多くあります。そんな中で、いつも話をするのが『プロである』という事と『時間は絶対』という事です。

昨年も同じような事を書いたかもしれませんが、新人が肝に銘じておかなくてはいけない事は、『就職をした以上、その道のプロである事を自覚して欲しい』ということです。学生気分が抜け切らないうちは、『誰かがやるだろう』、『私の意見をまず先に聞いて欲しい』、『自分の手は汚したくない』、『スマートな仕事がしたい』なんて甘い妄想を抱くものです。みんな、厳しい受験戦争を戦い抜いてきた人達ですから、それなりの自信を持っていると思いますが、そんなのは社会に出ても役に立ちません。もっと酷い言い方をすれば、東大の大学院を修了した人でも、中学を卒業したばかりの人でも、社会人1年目にやらなくてはいけない事は同じなのです。これは、一流企業だからとか零細企業だからという違いもありません。社会に出るという事は、スタートラインは同じなのです。あとは、そこからどれだけ頑張れるかという事だけなのです。頑張る上で、学生時代に苦労した経験や培った人脈は、大きな意味を持ってきますので、その後に差が出てしまうことは否めませんが、ここで大事なのは、いくら最高学府を出ようとも、頑張ることをせずにニートなどになっているようでは、意味が無いという事なのです。

新人の時にやらなくてはならない事の第一歩として、挨拶や掃除、お茶くみなどの雑用の他に、時間の大切さという事をよく知っておかなければなりません。この時間という考え方は、学生時代にも色々と経験していると思うのですが、社会人の時間に対するシビアな考え方は、学生時代に比類の無いものです。
私のいるソフトウエア業界では、新人として入ってきた人の中には、学生時代にプログラミングの経験があり、即戦力となれるような猛者が時々います。そんな人が陥りやすい罠が、「良かれと思って付加した機能により、作業遅延が発生して納期に間に合わない」というものです。これは、非常に単純な事なのですが、プログラムの経験があるとどのような機能が必要になるか、こんな機能があったら便利だなんていう思いつきは、かなりの数が出てきます。それらの一部は顧客と相談のうえでシステムへ組み込んだりするのですが、中には技術者の自己満足だけでシステム的に大きな意味を持たず、顧客からすると「あれば有り難いけど、費用対効果が見合わない」という理由で削る事もあるのです。そんな中に投入された新人君は、最初は渡された仕様書に従って作業を進めるのですが、余力があるものですから、そういった余計な機能まで実装させて、誉めてもらおうとするのです。すると、元々その機能は予定に入っていませんから、作業が1日遅れ、2日遅れとだんだん遅れていき、最後には「出来ませんでした」なんて事になるのです。
仕事には必ず期日があります。この期日は絶対で、中々動くことはありません。なぜならその期日こそ、次のステップへの開始位置であり全体の流れの中では、そこのズレが後々まで響いてしまうからです。たとえば先ほどのシステムが、天体観測用のシステムで45年に1度の現象を捕らえて分析する為のモノだったとします。相手は自然ですから待ってはくれませんので、期日までの稼動は絶対になしえなくてはならない至上命題となります。そこでもし上記のような新人君がいて、稼動が1日遅れてしまったらどうなるでしょうか?そう、顧客は絶対に必要なときにシステムを動かすことが出来ず、出来上がったモノはが次に使えるのは45年後…これではお金が貰えないでね。そのシステム作りに3000万円掛かったとしても、顧客はそのお金を出してはくれないでしょう。お客様には、「そのシステムは、45年後に使用する人に売ればいい。もちろん私は買わないけどね!」なんて言われるのがオチです。

このように、期日とうものは社会の中で絶対であり、そこを超えてしまった物には一片の価値すら与えてもらえない事は多々あります。学生時代の期日なんて、レポートをいつまでに提出するとか、宿題をいつまでに仕上げるとかその程度だったと思います。これって、ペナルティ自体は、自分の評価が下がるとか、居残り勉強させられるとかいうレベルなのです。これが社会人になると、周りの人々に対して多大な迷惑を掛けるだけでなく、多額の負債を背負い込むなどその影響の大きさは計り知れません。

自分の思いつく最高レベルのモノを提供するだけではアマチュアです。
プロとは、限られた時間の中で顧客の要求を最大限に叶える事です。

ぜひこの機会に、時間の考え方についてもう一度見直したいものです。
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by naka50ne | 2006-04-11 15:07 | ビジネス

自分で思った事を、自分の言葉で綴っていきたいと思います
by naka50ne
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