佐倉爆心追う、の気ままな気持ち

幸福論

何となく暇なんで、俺なりの人生における幸福の定義ってのを考えてみた。

幸福ってのは、与えられるものではなく感じるものだ

これは、以前に杉田かおるが結婚した時、武田鉄也がはなむけに言った言葉だ。
この言葉は、すごく幸福というものを的確に表していると思う。
他人から与えられるお金・物・仕事・気持ち…どれをとっても、これがあれば幸福になるなんて言う便利なものはない。
全ては一人ひとりの内面にあり、心で幸せと感じた瞬が幸福なんだと思う。
結婚が幸せというのも、幸せのゴールインと考えるか幸せへのスタートと考えるかで、全く違う意味合いになる。

では、人が幸せと感じる瞬間ってのは、どんな場合に発生するのだろうか?
幸福を感じるのが、己の内側にある感情であるなら、人生を幸福に過ごすためには、この感情の部分を考える必要があるのだと思う。

俺の考える幸福だと思う瞬間ってのは、自分に正直に生きることが出来た時、感じるものなのではないかと思う。
たとえそれが過ちでも、たとえそれが正論でも、自らの気持ちに嘘をつかずに突き進み、その結果を得た時。その結果が良くても悪くても、人ってのは幸福を感じるんじゃないかなって思うんです。
人の顔色を窺って、自分の考えではなく大衆迎合を繰り返していくと、自分の気持ちには常に嘘と言い訳を繰り返すようになる。そうなるとストレスが溜まるし、その結果が良くてもわだかまりが残るし、失敗したら取り返しのつかないくらいの絶望感を味わう。
みんなの考えに心から賛同できるなら、その尻馬に乗るのも悪くはないだろうが、違うと思うのならばわざわざ迎合する必要は無いと思うし、自分の正しいと思う方向に進んで、失敗した時の選択肢のひとつくらいに考えれば心が楽になる。

まぁ会社生活なんかしてると、時には大衆迎合しなきゃならない時ってのはあると思いますよ。でも、その時に自分が納得して迎合してるのか、納得せずに迎合してるのかってのは、その後の意味が全然違うと思うんですよね。
だからこそ、若い時ってその未熟ながらも自分に真っ正直になって、全体の決め事に対して異を唱えるってのは大事なんだと思う。
異を唱える人に対して、排除するのではなく何の根拠を持って異を唱えているのかを汲めば、異を唱えてる人が単に未熟であるのか、それとも隠れた落とし穴があるのかを見極めることが出来る。
なので、健全な集団の中では絶対に異を唱える人が必要なんだと思う。

自分も色々な会社を渡り歩いた事で、判ったことが一つある。それは、異を唱える人間を、強権を持って抑え込む組織は、その時点で成長が止まるということである。異を唱える人に対し、その意見に聞く耳を持つ組織は必ず成長しているが、異を唱える人の抑圧が始まったとたん、その組織は膠着状態となり、何らかの崩壊を迎えてしまう。
社会は常に変化していることを考えれば、全員が同じ方向を向くことなんかあり得ない。必ず誰かが別の方向を向き、異を唱えている状態がむしろ正常なのである。
人は権力をもつと、自分の意に沿わない人間を排除しようとする傾向があるが、自分は聖人君子では無いという事を念頭に置けば、必要悪として受け入れることが出来るはず。

幸福を考えるならば、自分の心に素直になる事と、自分とは異なる意見を受け入れる勇気を持つ事。この2つの考えを基本とすれば、恥多き人生なれど振り返れば幸福な人生であったと言えるようになるのだと思う。
これが、俺の考える幸福論である。
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by naka50ne | 2012-02-12 00:39 | ビジネス

自分で思った事を、自分の言葉で綴っていきたいと思います
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