ようやく1年
今の会社に転職して、ちょうど1年が経った。
一昨年に転職した会社は、昨年の震災以降の社内のグダグダに巻き込まれ、ほとんどドサクサ紛れに半年でクビになった。
正直なところ、この大不況の時代に無職になることは、お先真っ暗と言うか何も将来像が描けなくなり、自棄になりかけた。
暗澹たる気持ちでハローワークに通い、当座の生活資金は雇用保険で賄えたが、その金で遊ぶ気力は起きず、本当に辛かった。
そんな中で、今の会社に拾って貰った訳だが、まぁ就業条件なんかは、決して良いとは言えない。
むしろ、最底辺と言っても過言ではないと思う。
それでも、正社員として雇ってもらい、毎月給料が出るのはありがたい事である。
一度は、フリーランスでPGをしながら、生計を立てることも考えたが、既に30代も半ばを過ぎた人間が、今からフリーランスになった所で先は見えているし、そもそも都内と違って群馬で生計を立てるのは極めて難しい。
自分がこの歳で身につけた技術と言えば、システム開発の技術とプログラム開発の技術、そして初歩的なマネジメント技術となるであろう。
技術畑を歩んできただけに、自分の中で役に立つのはやはり技術である。ハローワークでは、SEの手法は営業にも生かせるから、営業職も考えたらどうだというアドバイスも受けたが、人懐っこい性格でもなく、どちらかと言えばぶっきら棒で人見知りな性格の俺にとっては、営業は向いていないと思う。
まぁ、日進月歩を続ける業界にあって、ブランクは技術的に相当な痛手になるのは確かである。
若い頃、交通事故で約1年近くのブランクが空いてしまった事があるが、その時はオペレーターのような仕事から復帰し、事故前に手がけたプロジェクトの修正案件等を、細々とこなして正常に業務復帰できるまでには、3ヶ月近く掛かった。この歳でブランクが空いたら、それこそ致命傷になりかねない。
俺は、今の職場にクビになってから半月という速さで就職できたので、なんとかブランクを空けずに繋ぐことができた。
今のプロジェクトを省みると、やはりブランクが空いていたら、ついて行けないだろうなという事ばかりである。
システム開発やプログラム開発ってのは、本当に毎日が勉強で試行錯誤の繰返し。泥臭い地道な勉強と作業を繰返して、ようやく完成するが、完成したそばからその技術は陳腐化を始め、また新たな技術を身に付けなければならない。本当にヤクザな仕事だと思う。
もし、自分に子供が居て同じ道を歩もうとしたら、全力で反対すると思う。でも、俺はこの仕事が好きだし、誇りは持っている。矛盾してるって言われるかもしれないが、同じ業界の人ならこの矛盾した考え方は、判ってくれるんじゃないかと思う。
一昨年に転職した会社は、昨年の震災以降の社内のグダグダに巻き込まれ、ほとんどドサクサ紛れに半年でクビになった。
正直なところ、この大不況の時代に無職になることは、お先真っ暗と言うか何も将来像が描けなくなり、自棄になりかけた。
暗澹たる気持ちでハローワークに通い、当座の生活資金は雇用保険で賄えたが、その金で遊ぶ気力は起きず、本当に辛かった。
そんな中で、今の会社に拾って貰った訳だが、まぁ就業条件なんかは、決して良いとは言えない。
むしろ、最底辺と言っても過言ではないと思う。
それでも、正社員として雇ってもらい、毎月給料が出るのはありがたい事である。
一度は、フリーランスでPGをしながら、生計を立てることも考えたが、既に30代も半ばを過ぎた人間が、今からフリーランスになった所で先は見えているし、そもそも都内と違って群馬で生計を立てるのは極めて難しい。
自分がこの歳で身につけた技術と言えば、システム開発の技術とプログラム開発の技術、そして初歩的なマネジメント技術となるであろう。
技術畑を歩んできただけに、自分の中で役に立つのはやはり技術である。ハローワークでは、SEの手法は営業にも生かせるから、営業職も考えたらどうだというアドバイスも受けたが、人懐っこい性格でもなく、どちらかと言えばぶっきら棒で人見知りな性格の俺にとっては、営業は向いていないと思う。
まぁ、日進月歩を続ける業界にあって、ブランクは技術的に相当な痛手になるのは確かである。
若い頃、交通事故で約1年近くのブランクが空いてしまった事があるが、その時はオペレーターのような仕事から復帰し、事故前に手がけたプロジェクトの修正案件等を、細々とこなして正常に業務復帰できるまでには、3ヶ月近く掛かった。この歳でブランクが空いたら、それこそ致命傷になりかねない。
俺は、今の職場にクビになってから半月という速さで就職できたので、なんとかブランクを空けずに繋ぐことができた。
今のプロジェクトを省みると、やはりブランクが空いていたら、ついて行けないだろうなという事ばかりである。
システム開発やプログラム開発ってのは、本当に毎日が勉強で試行錯誤の繰返し。泥臭い地道な勉強と作業を繰返して、ようやく完成するが、完成したそばからその技術は陳腐化を始め、また新たな技術を身に付けなければならない。本当にヤクザな仕事だと思う。
もし、自分に子供が居て同じ道を歩もうとしたら、全力で反対すると思う。でも、俺はこの仕事が好きだし、誇りは持っている。矛盾してるって言われるかもしれないが、同じ業界の人ならこの矛盾した考え方は、判ってくれるんじゃないかと思う。
幸福論
何となく暇なんで、俺なりの人生における幸福の定義ってのを考えてみた。
『幸福ってのは、与えられるものではなく感じるものだ』
これは、以前に杉田かおるが結婚した時、武田鉄也がはなむけに言った言葉だ。
この言葉は、すごく幸福というものを的確に表していると思う。
他人から与えられるお金・物・仕事・気持ち…どれをとっても、これがあれば幸福になるなんて言う便利なものはない。
全ては一人ひとりの内面にあり、心で幸せと感じた瞬が幸福なんだと思う。
結婚が幸せというのも、幸せのゴールインと考えるか幸せへのスタートと考えるかで、全く違う意味合いになる。
では、人が幸せと感じる瞬間ってのは、どんな場合に発生するのだろうか?
幸福を感じるのが、己の内側にある感情であるなら、人生を幸福に過ごすためには、この感情の部分を考える必要があるのだと思う。
俺の考える幸福だと思う瞬間ってのは、自分に正直に生きることが出来た時、感じるものなのではないかと思う。
たとえそれが過ちでも、たとえそれが正論でも、自らの気持ちに嘘をつかずに突き進み、その結果を得た時。その結果が良くても悪くても、人ってのは幸福を感じるんじゃないかなって思うんです。
人の顔色を窺って、自分の考えではなく大衆迎合を繰り返していくと、自分の気持ちには常に嘘と言い訳を繰り返すようになる。そうなるとストレスが溜まるし、その結果が良くてもわだかまりが残るし、失敗したら取り返しのつかないくらいの絶望感を味わう。
みんなの考えに心から賛同できるなら、その尻馬に乗るのも悪くはないだろうが、違うと思うのならばわざわざ迎合する必要は無いと思うし、自分の正しいと思う方向に進んで、失敗した時の選択肢のひとつくらいに考えれば心が楽になる。
まぁ会社生活なんかしてると、時には大衆迎合しなきゃならない時ってのはあると思いますよ。でも、その時に自分が納得して迎合してるのか、納得せずに迎合してるのかってのは、その後の意味が全然違うと思うんですよね。
だからこそ、若い時ってその未熟ながらも自分に真っ正直になって、全体の決め事に対して異を唱えるってのは大事なんだと思う。
異を唱える人に対して、排除するのではなく何の根拠を持って異を唱えているのかを汲めば、異を唱えてる人が単に未熟であるのか、それとも隠れた落とし穴があるのかを見極めることが出来る。
なので、健全な集団の中では絶対に異を唱える人が必要なんだと思う。
自分も色々な会社を渡り歩いた事で、判ったことが一つある。それは、異を唱える人間を、強権を持って抑え込む組織は、その時点で成長が止まるということである。異を唱える人に対し、その意見に聞く耳を持つ組織は必ず成長しているが、異を唱える人の抑圧が始まったとたん、その組織は膠着状態となり、何らかの崩壊を迎えてしまう。
社会は常に変化していることを考えれば、全員が同じ方向を向くことなんかあり得ない。必ず誰かが別の方向を向き、異を唱えている状態がむしろ正常なのである。
人は権力をもつと、自分の意に沿わない人間を排除しようとする傾向があるが、自分は聖人君子では無いという事を念頭に置けば、必要悪として受け入れることが出来るはず。
幸福を考えるならば、自分の心に素直になる事と、自分とは異なる意見を受け入れる勇気を持つ事。この2つの考えを基本とすれば、恥多き人生なれど振り返れば幸福な人生であったと言えるようになるのだと思う。
これが、俺の考える幸福論である。
『幸福ってのは、与えられるものではなく感じるものだ』
これは、以前に杉田かおるが結婚した時、武田鉄也がはなむけに言った言葉だ。
この言葉は、すごく幸福というものを的確に表していると思う。
他人から与えられるお金・物・仕事・気持ち…どれをとっても、これがあれば幸福になるなんて言う便利なものはない。
全ては一人ひとりの内面にあり、心で幸せと感じた瞬が幸福なんだと思う。
結婚が幸せというのも、幸せのゴールインと考えるか幸せへのスタートと考えるかで、全く違う意味合いになる。
では、人が幸せと感じる瞬間ってのは、どんな場合に発生するのだろうか?
幸福を感じるのが、己の内側にある感情であるなら、人生を幸福に過ごすためには、この感情の部分を考える必要があるのだと思う。
俺の考える幸福だと思う瞬間ってのは、自分に正直に生きることが出来た時、感じるものなのではないかと思う。
たとえそれが過ちでも、たとえそれが正論でも、自らの気持ちに嘘をつかずに突き進み、その結果を得た時。その結果が良くても悪くても、人ってのは幸福を感じるんじゃないかなって思うんです。
人の顔色を窺って、自分の考えではなく大衆迎合を繰り返していくと、自分の気持ちには常に嘘と言い訳を繰り返すようになる。そうなるとストレスが溜まるし、その結果が良くてもわだかまりが残るし、失敗したら取り返しのつかないくらいの絶望感を味わう。
みんなの考えに心から賛同できるなら、その尻馬に乗るのも悪くはないだろうが、違うと思うのならばわざわざ迎合する必要は無いと思うし、自分の正しいと思う方向に進んで、失敗した時の選択肢のひとつくらいに考えれば心が楽になる。
まぁ会社生活なんかしてると、時には大衆迎合しなきゃならない時ってのはあると思いますよ。でも、その時に自分が納得して迎合してるのか、納得せずに迎合してるのかってのは、その後の意味が全然違うと思うんですよね。
だからこそ、若い時ってその未熟ながらも自分に真っ正直になって、全体の決め事に対して異を唱えるってのは大事なんだと思う。
異を唱える人に対して、排除するのではなく何の根拠を持って異を唱えているのかを汲めば、異を唱えてる人が単に未熟であるのか、それとも隠れた落とし穴があるのかを見極めることが出来る。
なので、健全な集団の中では絶対に異を唱える人が必要なんだと思う。
自分も色々な会社を渡り歩いた事で、判ったことが一つある。それは、異を唱える人間を、強権を持って抑え込む組織は、その時点で成長が止まるということである。異を唱える人に対し、その意見に聞く耳を持つ組織は必ず成長しているが、異を唱える人の抑圧が始まったとたん、その組織は膠着状態となり、何らかの崩壊を迎えてしまう。
社会は常に変化していることを考えれば、全員が同じ方向を向くことなんかあり得ない。必ず誰かが別の方向を向き、異を唱えている状態がむしろ正常なのである。
人は権力をもつと、自分の意に沿わない人間を排除しようとする傾向があるが、自分は聖人君子では無いという事を念頭に置けば、必要悪として受け入れることが出来るはず。
幸福を考えるならば、自分の心に素直になる事と、自分とは異なる意見を受け入れる勇気を持つ事。この2つの考えを基本とすれば、恥多き人生なれど振り返れば幸福な人生であったと言えるようになるのだと思う。
これが、俺の考える幸福論である。
佐倉爆心追う、的免停生活3
昨日で免停がやっと終わりました。
今日の仕事の帰りに警察署に寄って、免許証を返してもらう予定です。
今夜は、風が強くていい感じで夜景が見れそうだし、久しぶりにドライブでも行こうかなぁ!
今週に入って急に寒くなってきたので、正直自転車はそろそろ限界かなぁって思ってたところでした。
群馬県の南部は、赤城山より吹き降ろす、空っ風というのが冬の名物になっており、ほぼ毎日台風のような暴風が吹き荒れます。
高校生の頃は、この風と格闘するのが日課になってて、下り坂でも上り坂のような形相で、ガンガン漕がないと前に進まないというきついものです。
車に乗り始めてからは、あまり気にしてなかったのですが、やっぱり自転車に戻ってみるとこの風が難敵でした。
今日も昼食を近くの定食屋でとったのですが、その定食屋へ行くのが一苦労でししね。
今日の仕事の帰りに警察署に寄って、免許証を返してもらう予定です。
今夜は、風が強くていい感じで夜景が見れそうだし、久しぶりにドライブでも行こうかなぁ!
今週に入って急に寒くなってきたので、正直自転車はそろそろ限界かなぁって思ってたところでした。
群馬県の南部は、赤城山より吹き降ろす、空っ風というのが冬の名物になっており、ほぼ毎日台風のような暴風が吹き荒れます。
高校生の頃は、この風と格闘するのが日課になってて、下り坂でも上り坂のような形相で、ガンガン漕がないと前に進まないというきついものです。
車に乗り始めてからは、あまり気にしてなかったのですが、やっぱり自転車に戻ってみるとこの風が難敵でした。
今日も昼食を近くの定食屋でとったのですが、その定食屋へ行くのが一苦労でししね。
風邪を引きました…
昨日から変な感じがしたんですが、やっぱり風邪を引いてしまいました。
今朝の状況は、
・喉が痛くて声が出ない
・喉が外から触ってわかるくらい晴れてる
・鼻水がすごい
・寒気がする
という感じなので、風邪により扁桃腺が腫れたものと推測される。
しかし、既に免停関係やら忌引やらで、ずいぶん休んでいるので、これ以上は休めないって事で、体に鞭打って会社に来てますが、正直、集中力が続かないし眠気は増す一方…こんな事で午後は乗り切れるのだろうか…
とりあえず、熱が39度を超えそうなら、早退して病院にいこう…
(39度を超えると、雲の上を歩く感じになるので、体感でわかる)
今朝の状況は、
・喉が痛くて声が出ない
・喉が外から触ってわかるくらい晴れてる
・鼻水がすごい
・寒気がする
という感じなので、風邪により扁桃腺が腫れたものと推測される。
しかし、既に免停関係やら忌引やらで、ずいぶん休んでいるので、これ以上は休めないって事で、体に鞭打って会社に来てますが、正直、集中力が続かないし眠気は増す一方…こんな事で午後は乗り切れるのだろうか…
とりあえず、熱が39度を超えそうなら、早退して病院にいこう…
(39度を超えると、雲の上を歩く感じになるので、体感でわかる)
佐倉爆心追う、的免停生活2
免停生活も早いもので3週間目に突入しました。
あと2週間我慢すれば、免停が明けて車に乗れるようになります。
今は会社まで1時間掛けて自転車で通っているのですが、この所はめっきり寒くなって、正直通勤が辛くなってきました。
それでも、朝はまだ良いんですよ。風景が見えるから気が紛れるし、前橋から高崎へ向かうのって、若干ですが下りなんです。
帰りはマジでキツイ…
若干上りなのは仕方ないとしても、まず夜なので風景が見えない上に、路面状況が見えないので危険極まりない。それに加えて上州名物の空っ風が容赦なく吹き付けます。寒いし疲れるしで、本当にキツイ…
行きは手袋だけ装備してるんですが、帰りは毛糸の帽子もセットで装備しないと、耳が痛くなってしまいます。
車の方は、先週の土曜日にメンテナンスの為にエンジンだけ掛けて置きました。乗ることは出来ないのですが、ずっとエンジンを掛けないで置くと、エンジン内のオイルがダメになってしまうので、とりあえずエンジンを掛けて、オイルの循環をさせてあげました。
エンジンを止めるときに、目いっぱい踏み込んで空吹かしして置きましたが、エンジン音を聞くと、やっぱり乗りたくなりますよね…
今度の週末は、ブレーキの固着を防ぐ為に、駐車場内で1mほど前後に動かそうと思います。
なにぶん愛車は古い車なので、こういった細かいメンテナンスは、どうしても必要なんですよね。
それ故に愛着が湧くってのもあるかも知れないです。
なんか、自分の周りを改めて見てみると、本当に古いものだらけだなぁって思います。
新品な物って本当に少ない。
車は95年式だから既に16年前のだし、自転車は高校時代のだから23年前のだし、家も購入時で既に築19年の中古住宅だったので、現在は築30年だし、机は80年代末期いわゆるバブル時代のデスクだし、時計に至っては100年以上前のだし(笑)
ウチの中でここ2~3年の製造の物なんて、ソファーぐらいじゃないかな(^^;
まぁ俺のポリシーが、「古い物でも良いものは良い!」って感じなんで、同じ家具を買うにしても、新品でニトリのペラペラな安物を買うくらいなら、同じ金額で中古の重厚な高級品を買うんです。
車も同じで、100万出して新品の軽を買うくらいなら、中古の高級車を買います。
この辺は価値観の問題なので、安物でも新品が良いって人は、もちろんいると思うし、そういう考え方を否定はしない。
一番は、新品で高級品が買えれば良いのだろうが、庶民にはなかなか手が出ませんからね(笑)
あと2週間我慢すれば、免停が明けて車に乗れるようになります。
今は会社まで1時間掛けて自転車で通っているのですが、この所はめっきり寒くなって、正直通勤が辛くなってきました。
それでも、朝はまだ良いんですよ。風景が見えるから気が紛れるし、前橋から高崎へ向かうのって、若干ですが下りなんです。
帰りはマジでキツイ…
若干上りなのは仕方ないとしても、まず夜なので風景が見えない上に、路面状況が見えないので危険極まりない。それに加えて上州名物の空っ風が容赦なく吹き付けます。寒いし疲れるしで、本当にキツイ…
行きは手袋だけ装備してるんですが、帰りは毛糸の帽子もセットで装備しないと、耳が痛くなってしまいます。
車の方は、先週の土曜日にメンテナンスの為にエンジンだけ掛けて置きました。乗ることは出来ないのですが、ずっとエンジンを掛けないで置くと、エンジン内のオイルがダメになってしまうので、とりあえずエンジンを掛けて、オイルの循環をさせてあげました。
エンジンを止めるときに、目いっぱい踏み込んで空吹かしして置きましたが、エンジン音を聞くと、やっぱり乗りたくなりますよね…
今度の週末は、ブレーキの固着を防ぐ為に、駐車場内で1mほど前後に動かそうと思います。
なにぶん愛車は古い車なので、こういった細かいメンテナンスは、どうしても必要なんですよね。
それ故に愛着が湧くってのもあるかも知れないです。
なんか、自分の周りを改めて見てみると、本当に古いものだらけだなぁって思います。
新品な物って本当に少ない。
車は95年式だから既に16年前のだし、自転車は高校時代のだから23年前のだし、家も購入時で既に築19年の中古住宅だったので、現在は築30年だし、机は80年代末期いわゆるバブル時代のデスクだし、時計に至っては100年以上前のだし(笑)
ウチの中でここ2~3年の製造の物なんて、ソファーぐらいじゃないかな(^^;
まぁ俺のポリシーが、「古い物でも良いものは良い!」って感じなんで、同じ家具を買うにしても、新品でニトリのペラペラな安物を買うくらいなら、同じ金額で中古の重厚な高級品を買うんです。
車も同じで、100万出して新品の軽を買うくらいなら、中古の高級車を買います。
この辺は価値観の問題なので、安物でも新品が良いって人は、もちろんいると思うし、そういう考え方を否定はしない。
一番は、新品で高級品が買えれば良いのだろうが、庶民にはなかなか手が出ませんからね(笑)
古時計
親父が趣味で集めていた骨董品。
その中でも、親父の一番のお気に入りは古い柱時計でした。
一時は60台ほど持っており、全て動態保存していました。
それらは、長野原にあった母親の実家に、専用の骨董部屋を作り、そこで保管していたのですが、八ツ場ダムの影響で実家が取り壊しとなるため、あえなく売却となりました。
オークション等に出せば、結構値の張る代物でしたが、時間がなかったのと保管場所がなかったため、ほとんど二束三文での売却となりました。
その中でも、特に骨董価値の高いものや、お気に入りの物は残しました。
母親からは「そんなガラクタどうすんの?」なんて言われましたが、欲しがっても手に入らないような代物ですから、これだけは絶対に手放したくありませんでした。
今日、その設置が全て済んで、やっと自宅に飾ることができました。
その中でも、ダルマ時計(右側の3台)については、平行を取るのが非常に難しいため、まだ動かしていませんが、大きな古時計の2台は動き始めました。
階段頂上に設置した大きなノッポの古時計:

東京の銓工舎(SENKOSHA)の製造で、高さ130cm、幅45cmの大時計です。
製造年代は不明ですが、銓工舎は大正時代に林時計の子会社として、東京の神田にあった会社で、戦後は林時計(名古屋時計)に吸収されているので、大正~昭和初期の物と思われます。
書斎の応接セット横に設置した大きな古時計:

名古屋の明治時計の製造で、
高さ120cm、幅45cmの大時計です。
製造年代は不明ですが、ロゴが戦前の菱形マークではなく、英語表記の「meiji」なので戦後の物と思われます。
書斎に設置したダルマ時計:

左側:
アメリカのイングラハム社製のダルマ時計です。
1881年(明治14年)製で、我が家にある古時計としては、一番古く唯一の外国製となります。
中央:
京都の京都時計製造社製で、国産初期のダルマ時計です。
製造年代は不明ながら、形から明治初期(明治20年代)の物であると思われます。
右側:
東京の精工舎(SEIKOSHA)製のダルマ時計です。
1902年(明治35年)製で、ダルマ型ではあるものの、後ろは箱型になっている当時としては画期的な形状になっています。
子供の頃から、古時計に囲まれて生活していたせいか、時計の鳴るボーンボーンという音を聞くと、妙に安心します。
その中でも、親父の一番のお気に入りは古い柱時計でした。
一時は60台ほど持っており、全て動態保存していました。
それらは、長野原にあった母親の実家に、専用の骨董部屋を作り、そこで保管していたのですが、八ツ場ダムの影響で実家が取り壊しとなるため、あえなく売却となりました。
オークション等に出せば、結構値の張る代物でしたが、時間がなかったのと保管場所がなかったため、ほとんど二束三文での売却となりました。
その中でも、特に骨董価値の高いものや、お気に入りの物は残しました。
母親からは「そんなガラクタどうすんの?」なんて言われましたが、欲しがっても手に入らないような代物ですから、これだけは絶対に手放したくありませんでした。
今日、その設置が全て済んで、やっと自宅に飾ることができました。
その中でも、ダルマ時計(右側の3台)については、平行を取るのが非常に難しいため、まだ動かしていませんが、大きな古時計の2台は動き始めました。
階段頂上に設置した大きなノッポの古時計:

東京の銓工舎(SENKOSHA)の製造で、高さ130cm、幅45cmの大時計です。
製造年代は不明ですが、銓工舎は大正時代に林時計の子会社として、東京の神田にあった会社で、戦後は林時計(名古屋時計)に吸収されているので、大正~昭和初期の物と思われます。
書斎の応接セット横に設置した大きな古時計:

名古屋の明治時計の製造で、
高さ120cm、幅45cmの大時計です。
製造年代は不明ですが、ロゴが戦前の菱形マークではなく、英語表記の「meiji」なので戦後の物と思われます。
書斎に設置したダルマ時計:

左側:
アメリカのイングラハム社製のダルマ時計です。
1881年(明治14年)製で、我が家にある古時計としては、一番古く唯一の外国製となります。
中央:
京都の京都時計製造社製で、国産初期のダルマ時計です。
製造年代は不明ながら、形から明治初期(明治20年代)の物であると思われます。
右側:
東京の精工舎(SEIKOSHA)製のダルマ時計です。
1902年(明治35年)製で、ダルマ型ではあるものの、後ろは箱型になっている当時としては画期的な形状になっています。
子供の頃から、古時計に囲まれて生活していたせいか、時計の鳴るボーンボーンという音を聞くと、妙に安心します。
佐倉爆心追う、的免停生活
60日免停になって早いもので5日が経ちました。とりあえず、講習を受けて30日に減免されましたが、車の無い生活はまだあと25日も続きます。
群馬って土地は、自家用車が無いと本当に不便な土地です。普通に生活しようとしても、車が無いと駅にすら行けません。
笑っちゃいますよね、近所のバス停…時刻表を見ると1日に1本しか走ってないの(笑)
もう、笑うしかないですよホントに。
仕方ないので、高校から使ってる自転車を、一念発起で直しました。
・タイヤが前後共パンクして腐ってたので、タイヤごと総交換。
・籠も錆びだらけで、あちこちに穴が開いて使える状態ではないので、ビジネスカバンを入れることを想定して大きな籠に交換。
・鍵は既に無くなってたので、これも新しいものに交換。
・ベルは、学生時代にねじ切れたままになっていたので、これも交換。
・ライトはまだ使えるものの、非効率な電球式だったので、LED式に交換。
・サドルはまだまだ使えたけど、全くクッションが効かなくて、免停講習へ行くだけでケツが痛くなったので、新しいものに交換。
まぁいろいろ交換して、その上で各箇所の油差しや締め直しなんかをしたので、最終的には2万近く掛かったかも(笑)
でもね、この自転車はさすがバブル期の自転車。変なところにお金が掛かってるので、丈夫でしかも軽い。
フレームは、クロムモリブデン鋼という高級MTBなんかに採用されている、丈夫で軽い素材で出来ている。アルミ合金なんかより、はるかに軽い(笑)
んでもって、駆動系もチェーンではなくベルト。このベルトってのが凄くて、もう23年も前の自転車なのに、未だにたるみも無ければ経たっても居ない。表面だけは若干白くなってるけど、ちょっと油を含んだ布で拭けば元通り(笑)
当時の軽量化の粋を尽くした自転車だけに、27インチという大型車でありながら、そこらへんのホームセンターで売ってる、子供用の18インチ自転車よりも軽いから笑える。
自転車本体が軽いから、乗ってても疲労が本当に少ない。
この自転車を使って、片道1時間の距離を自転車通勤してます。
往復で2時間…でっぷりした俺も、さすがに痩せそうな勢いです(笑)
行って帰ってくると、両足はパンパンで毎日筋肉痛と格闘してます。
車を乗り始めて19年、それでも大学生の時はそれなりに自転車も使いましたが、大学院以降はほとんど自転車なんて乗ってないですから、15年くらいのブランクがあった訳で、そりゃ使ってない筋肉はいきなり使われて悲鳴を上げますよね。
それでも、自転車ってのは朝の爽快な空気を吸いながら走れる気持ちよさってのがありますので、体力の続く限り続けてみようかと思います。
自転車ならではの通勤の面白さってのもあると思うので、その辺はおいおいupして行こうかと思います。
群馬って土地は、自家用車が無いと本当に不便な土地です。普通に生活しようとしても、車が無いと駅にすら行けません。
笑っちゃいますよね、近所のバス停…時刻表を見ると1日に1本しか走ってないの(笑)

もう、笑うしかないですよホントに。
仕方ないので、高校から使ってる自転車を、一念発起で直しました。
・タイヤが前後共パンクして腐ってたので、タイヤごと総交換。
・籠も錆びだらけで、あちこちに穴が開いて使える状態ではないので、ビジネスカバンを入れることを想定して大きな籠に交換。
・鍵は既に無くなってたので、これも新しいものに交換。
・ベルは、学生時代にねじ切れたままになっていたので、これも交換。
・ライトはまだ使えるものの、非効率な電球式だったので、LED式に交換。
・サドルはまだまだ使えたけど、全くクッションが効かなくて、免停講習へ行くだけでケツが痛くなったので、新しいものに交換。
まぁいろいろ交換して、その上で各箇所の油差しや締め直しなんかをしたので、最終的には2万近く掛かったかも(笑)
でもね、この自転車はさすがバブル期の自転車。変なところにお金が掛かってるので、丈夫でしかも軽い。
フレームは、クロムモリブデン鋼という高級MTBなんかに採用されている、丈夫で軽い素材で出来ている。アルミ合金なんかより、はるかに軽い(笑)
んでもって、駆動系もチェーンではなくベルト。このベルトってのが凄くて、もう23年も前の自転車なのに、未だにたるみも無ければ経たっても居ない。表面だけは若干白くなってるけど、ちょっと油を含んだ布で拭けば元通り(笑)
当時の軽量化の粋を尽くした自転車だけに、27インチという大型車でありながら、そこらへんのホームセンターで売ってる、子供用の18インチ自転車よりも軽いから笑える。
自転車本体が軽いから、乗ってても疲労が本当に少ない。
この自転車を使って、片道1時間の距離を自転車通勤してます。
往復で2時間…でっぷりした俺も、さすがに痩せそうな勢いです(笑)
行って帰ってくると、両足はパンパンで毎日筋肉痛と格闘してます。
車を乗り始めて19年、それでも大学生の時はそれなりに自転車も使いましたが、大学院以降はほとんど自転車なんて乗ってないですから、15年くらいのブランクがあった訳で、そりゃ使ってない筋肉はいきなり使われて悲鳴を上げますよね。
それでも、自転車ってのは朝の爽快な空気を吸いながら走れる気持ちよさってのがありますので、体力の続く限り続けてみようかと思います。
自転車ならではの通勤の面白さってのもあると思うので、その辺はおいおいupして行こうかと思います。
偶然ではなく必然
早いもので、もう10月ですね。
本当に今年はあっという間だったなぁ…
息つく暇も無いってのは、こういう事なんだろうか。
仕事もプライベートも、何でってくらい次から次に問題が発生する。
でもね、よく突き詰めて考えると、その原因は俺なのかもしれないって、最近は思うようになってきた。
たぶん、偶然とかそういう類のものより、自分が過去に蒔いた火種が燻っていて、そこにタイミングよく火がついたんだろう。
火がつくと、それは連鎖反応でいろいろな物に飛び火し、今のような状況を作り出しているのかな…
とりあえず火を消すのも大事だが、根本の火種を消さないと、たぶんこの繰り返しになっちゃう。
そうならない様に、何が出来るのか一回自己総括しなきゃだな…
今起こってる問題が、必然として起こっていると仮定するならば、今から良い種を蒔いておけば、何年か後には幸せとして返ってくるかも知れない。
そう思って、今出来ることをするとしよう…
本当に今年はあっという間だったなぁ…
息つく暇も無いってのは、こういう事なんだろうか。
仕事もプライベートも、何でってくらい次から次に問題が発生する。
でもね、よく突き詰めて考えると、その原因は俺なのかもしれないって、最近は思うようになってきた。
たぶん、偶然とかそういう類のものより、自分が過去に蒔いた火種が燻っていて、そこにタイミングよく火がついたんだろう。
火がつくと、それは連鎖反応でいろいろな物に飛び火し、今のような状況を作り出しているのかな…
とりあえず火を消すのも大事だが、根本の火種を消さないと、たぶんこの繰り返しになっちゃう。
そうならない様に、何が出来るのか一回自己総括しなきゃだな…
今起こってる問題が、必然として起こっていると仮定するならば、今から良い種を蒔いておけば、何年か後には幸せとして返ってくるかも知れない。
そう思って、今出来ることをするとしよう…
7月ですね
お久しぶりです。気づいたら、もう、7月に入ったんですね…
今年は、上半期にいろんな事がありすぎて、既におなか一杯です(笑)
なんというか、今年は全然季節を感じてる余裕が無かったなぁ…
正月もなんかバタバタしてたし、花見なんかしてる暇無かったし、過ぎて行く時間をただじっと耐えていたような感じ…
1月は、何をしてたのかあんまり思い出せない。仕事も充実してるとは言い難い状態だったし、全てが空回りを始めてた感じ。
2月は、これまたあまり良く覚えてないが、長野原にある母の実家が取壊しになる為、休みと深夜を使って何度も往復したの覚えてるくらい。
3月は、震災以前は何も記憶に無い。震災以降は完全に仕事が空回りをしてて、ストレスで押しつぶされそうだった。
4月は、震災のストレスと職場のストレスが重なって、もう完全に精神崩壊状態だった…彼女と過ごす時間以外全てが嫌だった。
5月は、職場をクビ同然で辞め、職安に通い、やっと今の職場に拾って貰った。再就職してからかなぁ…いろんな事が好転しだしたのは…
6月は、仕事は忙しかったけど毎日充実感があって、金銭的にはめちゃめちゃ厳しかったけど、なんとか乗り越えた感じ!
振り返ってみると、今年の上半期は本当の意味で忍耐の連続だったな…
仕事のストレスってのは、これまでも数多くあったけど、ここまで酷いストレスってのは、正直経験が無かったかも…
昨年の10月に転職したのが、そもそもの間違えで、群馬に帰りたい一心で、焦り過ぎてたんだろうなぁ…
下半期に向けての目標は、今の職場で頑張る為に、もう一度自分の技術を見つめ直さないとだろうな…
プログラマとして再スタートを切ったわけだから、もう後戻りは出来ないし、これ以上のどん底は無いと信じている。
今年は、上半期にいろんな事がありすぎて、既におなか一杯です(笑)
なんというか、今年は全然季節を感じてる余裕が無かったなぁ…
正月もなんかバタバタしてたし、花見なんかしてる暇無かったし、過ぎて行く時間をただじっと耐えていたような感じ…
1月は、何をしてたのかあんまり思い出せない。仕事も充実してるとは言い難い状態だったし、全てが空回りを始めてた感じ。
2月は、これまたあまり良く覚えてないが、長野原にある母の実家が取壊しになる為、休みと深夜を使って何度も往復したの覚えてるくらい。
3月は、震災以前は何も記憶に無い。震災以降は完全に仕事が空回りをしてて、ストレスで押しつぶされそうだった。
4月は、震災のストレスと職場のストレスが重なって、もう完全に精神崩壊状態だった…彼女と過ごす時間以外全てが嫌だった。
5月は、職場をクビ同然で辞め、職安に通い、やっと今の職場に拾って貰った。再就職してからかなぁ…いろんな事が好転しだしたのは…
6月は、仕事は忙しかったけど毎日充実感があって、金銭的にはめちゃめちゃ厳しかったけど、なんとか乗り越えた感じ!
振り返ってみると、今年の上半期は本当の意味で忍耐の連続だったな…
仕事のストレスってのは、これまでも数多くあったけど、ここまで酷いストレスってのは、正直経験が無かったかも…
昨年の10月に転職したのが、そもそもの間違えで、群馬に帰りたい一心で、焦り過ぎてたんだろうなぁ…
下半期に向けての目標は、今の職場で頑張る為に、もう一度自分の技術を見つめ直さないとだろうな…
プログラマとして再スタートを切ったわけだから、もう後戻りは出来ないし、これ以上のどん底は無いと信じている。
民朱島(たみあかしま)
これは、地球どこかにある、民朱島という島のお話です。
民朱島には、中央に汚沢という大きな沢がある事で有名です。この汚沢は、濡れ手に粟がたくさん付くほど汚れているのですが、なぜか他国の兵士がその周りを守っている為、なかなか近づいて掃除する事が出来ません。
でも、この汚沢を他国の兵士が守っている事を島民は知りません。民朱島では、情報が統制されており、島の中心である汚沢の存在は知っていても、その汚沢を目にする事はありません。島民の中には汚沢は澄んだ清流だと妄信している人も多くいます。
民朱島では、ブーメランが盛んに行われており、その素早さや遠大なレベルは諸外国を圧倒するほどです。
島民の間では、ブーメランは恒例行事となっており、所外国から見れば重大な問題でも、島民は問題と思っていない事が多いのです。
民朱島に住む鳩は、毎日「ユーアイ」「ユーアイ」と鳴く事が有名で、つがいで島内外を飛び回って遊んでいます。しかし、この鳩は地球外生物という噂があり、雌は太陽を食べるという噂もあります。
この鳩は、金目なものを巣に持ち帰って溜め込む習性があります。中央にある汚沢の中にある広大な巣は、汚沢と共に外国の兵士に守られている為、どれだけ島民から搾取したのか、知っている人はいません。
なお、この鳩をモチーフにした鳩左ブレは、この島の特産物にもなっています。一口食べると激しい嘔吐の後で激痛が全身を襲い、やがて死に至ります。お土産にこの鳩左ブレを貰った人の事を、鳩の泣き声にちなんでユーアイされたと呼びます。
民朱島には、大手スーパーのジャヌコが出店しており、生活の糧を独占しています。しかし、中国産の食材を多用している為、住民とのトラブルが絶えません。
問題は、起きてからその場で蓋を考えて対処するので、特に問題と思っている人は少ないようです。
民朱島では、教育に力を入れています。子供のころから、土下座の仕方やセックスの仕方などを教え込まれ、優秀な愚民になるように、日夜勉強に励みます。
こうして、教育を受けた子供は、やがて大人になり、ゲバ棒を片手に人を殺す事を普通と感じ、中国や朝鮮半島へ送金する事を美徳と考えるようになります。それをおかしいと感じ、その事をを口にすると、いつの間にか鳩左ブレがお土産に送られて、ユーアイされてしまいます。
民朱島には高速道路もあり、全て無料です。でも無料なので、橋の途中で道がなくなってても、道に大きな穴が開いても誰も文句を言いません。当然、多くの人が利用するので、渋滞は慢性化していますが、無料なので文句を言いません。
道路の新規開発は、基本的にしません。開発には前なんとかさんという人の許可が要りますが、前なんとかさんは鉄道が好きなので、鉄道以外は許可しません。前なんとかさんの趣味なので誰も文句は言えません。
民朱島の税制は、非常に高い事が有名です。所得に占める税金の率は実に95%を超えており、1日10000円の仕事をしても手元に残るのは500円くらいなので、ネットカフェで生活する人が多くいます。
徴収された税金は、鳩が巣に持ち帰るか、汚沢の維持に充てられます。そこで余ったお金は、中国や朝鮮半島へ送金されます。決して島民の為には使いません。
その事実は、情報統制により島民は知らない事になっています。(知っていても口にするとユーアイされるので、誰も言えない)
ここは民朱島、地上の楽園、永遠のパラダイスです。
この物語はフィクションです。
登場人物や地名は全て架空です。
間違っても、某政治団体とは関係ありません。
自意識過剰な被害妄想による反応は対応しかねます。
民朱島には、中央に汚沢という大きな沢がある事で有名です。この汚沢は、濡れ手に粟がたくさん付くほど汚れているのですが、なぜか他国の兵士がその周りを守っている為、なかなか近づいて掃除する事が出来ません。
でも、この汚沢を他国の兵士が守っている事を島民は知りません。民朱島では、情報が統制されており、島の中心である汚沢の存在は知っていても、その汚沢を目にする事はありません。島民の中には汚沢は澄んだ清流だと妄信している人も多くいます。
民朱島では、ブーメランが盛んに行われており、その素早さや遠大なレベルは諸外国を圧倒するほどです。
島民の間では、ブーメランは恒例行事となっており、所外国から見れば重大な問題でも、島民は問題と思っていない事が多いのです。
民朱島に住む鳩は、毎日「ユーアイ」「ユーアイ」と鳴く事が有名で、つがいで島内外を飛び回って遊んでいます。しかし、この鳩は地球外生物という噂があり、雌は太陽を食べるという噂もあります。
この鳩は、金目なものを巣に持ち帰って溜め込む習性があります。中央にある汚沢の中にある広大な巣は、汚沢と共に外国の兵士に守られている為、どれだけ島民から搾取したのか、知っている人はいません。
なお、この鳩をモチーフにした鳩左ブレは、この島の特産物にもなっています。一口食べると激しい嘔吐の後で激痛が全身を襲い、やがて死に至ります。お土産にこの鳩左ブレを貰った人の事を、鳩の泣き声にちなんでユーアイされたと呼びます。
民朱島には、大手スーパーのジャヌコが出店しており、生活の糧を独占しています。しかし、中国産の食材を多用している為、住民とのトラブルが絶えません。
問題は、起きてからその場で蓋を考えて対処するので、特に問題と思っている人は少ないようです。
民朱島では、教育に力を入れています。子供のころから、土下座の仕方やセックスの仕方などを教え込まれ、優秀な愚民になるように、日夜勉強に励みます。
こうして、教育を受けた子供は、やがて大人になり、ゲバ棒を片手に人を殺す事を普通と感じ、中国や朝鮮半島へ送金する事を美徳と考えるようになります。それをおかしいと感じ、その事をを口にすると、いつの間にか鳩左ブレがお土産に送られて、ユーアイされてしまいます。
民朱島には高速道路もあり、全て無料です。でも無料なので、橋の途中で道がなくなってても、道に大きな穴が開いても誰も文句を言いません。当然、多くの人が利用するので、渋滞は慢性化していますが、無料なので文句を言いません。
道路の新規開発は、基本的にしません。開発には前なんとかさんという人の許可が要りますが、前なんとかさんは鉄道が好きなので、鉄道以外は許可しません。前なんとかさんの趣味なので誰も文句は言えません。
民朱島の税制は、非常に高い事が有名です。所得に占める税金の率は実に95%を超えており、1日10000円の仕事をしても手元に残るのは500円くらいなので、ネットカフェで生活する人が多くいます。
徴収された税金は、鳩が巣に持ち帰るか、汚沢の維持に充てられます。そこで余ったお金は、中国や朝鮮半島へ送金されます。決して島民の為には使いません。
その事実は、情報統制により島民は知らない事になっています。(知っていても口にするとユーアイされるので、誰も言えない)
ここは民朱島、地上の楽園、永遠のパラダイスです。
この物語はフィクションです。
登場人物や地名は全て架空です。
間違っても、某政治団体とは関係ありません。
自意識過剰な被害妄想による反応は対応しかねます。
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